牛野小雪を知る場所
長い寄り道
竹藪の柩
母の葬式が終わってから父がおかしくなり始めた。
私が仕事から帰ってくると口を半開きにしてテレビを見ている事が多かった。しばらくするとテレビを点けなくなった。それでも父はテレビをじっと見つめながら座っていた。
母の一周忌が近付くと父は元に戻った。お前は仕事で忙しいだろうからと、父がお坊さんや親戚に連絡して仕出屋に料理の手配までした。その時は言葉もしっかりしていて、ほんの一時気が落ち込んでいただけだと私は思っていた。
しかし母の一周忌が終わると、父はまたテレビの前に座っているだけになった。
父がボケてきたと私は心配になって、病院に行ってみようと切り出すと、その時だけは感情を露にして、その必要はないと怒った。
やがて父はぶつぶつと独り言をつぶやくようになった。私がただいまと声をかけると、しばらく時間を置いてから、おかえりという言葉が返ってきた。それから今日はどうだったかという話になり、別段おかしいところもなかったので、私は大丈夫だろうと判断した。
異常の九割は正常でできている。
いま思うと父はこの時から少しおかしかった。しかし、この少しというのが曲者だ。もちろん私も心の片隅でおかしいと感じていたが、父のおかしい姿を見るのは私が仕事から帰ってすぐの事で、それ以外の時はまともだった。
父の方でも私が病院に行こうと切り出した時には、まともな九割の自分を見て、馬鹿にされていると怒ったのだろう。
異常に慣れるとそれは日常になる。テレビを点けずに父が座っているのも、いつしか日常になった。今度は独り言をつぶやくことが異常になったが、それもやがて日常になってしまった。
母の三回忌は私が手配した。父のやり方を見ていたので特に慌てるようなこともなかった。そして無事三回忌も終わった。
この頃になると父は九割方おかしかったが、まだまともな一割を見て父は大丈夫だと私は思い込んだ。昔のままだと思える瞬間が無かったわけではないのだ。それに人前に出た時はいつもしっかりしていた。
父は日毎に食が細くなった。何か食べなければ体に毒だからと言ったが、これ以上は入らないからと父は言った。私は不安になったが、父はまったくつらそうではなかったし、むしろ食べる事を避けていた。
父の体はやせるというよりもしぼんでいくようで、それに合わせて動くことが少なくなった。私は父のしぼんだ体を見て私は悲しむよりも不気味さを感じた。そのすぐ後で、そう思った自分に罪悪感を抱いた。
ある日私が仕事から帰ってくると父は頭を机に載せていて、声をかけても動かなかった。特に驚きもしなかったのは早晩こんな日が来ると思っていたからだ。
父が死んだと救急車を呼ぶと、それほど待たずに救急隊員が家にやって来た。その時に生きていると救急隊員から聞かされて驚いた。救急隊員も驚いていた。
父はすぐに病院に搬送された。それでもやはり父は死んだ。病院に入ってからは一度も目も口も開くことなく静かに死んでいった。
父の残した遺産は家と山といくらかの預金だった。家と預金はともかく山はかなり広いので税金もさぞ凄いだろうと恐れていたが山の土地はずいぶんと安かったので税金も意外に安かった。父の遺産の預金から税金を払ったが、それでもまだ預金は余った。
せっかく自分の物になったのだからと私は仕事が休みの日に山へ行った。人里離れた場所だが途中までは国道が通っている。国道からは私道になった。誰が敷いたのかは知らない。アスファルト敷きなので草が生えて進めないということはなかった。
その道を一時間ほど進むと砂利の広場が見えた。枯れたススキを踏み越えて広場に車を入れた。
エンジンを切って車を降りると山は不安になるほど静かだった。コンビニや本屋で売っているような地図では道すら書いていない場所なのだ。
私は山へ通じる道に入った。風が吹くと、さらさらと木の葉が擦れる音が鳴って、澄んだ青臭いにおいがした。
山道を進み続けると小屋が見えた。
小屋に入ると壁にクワと米袋があった。他には何に使うのか分からない縄とカゴ、それにザルとカッパがあった。カッパといってもナイロン製の物ではなく藁でできた古い物だ。ザルとカゴは竹でできていた。
私は小屋を出て周りを歩いた。広場から小屋までは竹林が続いていて、その先もずっと竹林が続いている。
竹林の中は意外と明るい。緑の光がずっと下まで届いている。
私はふと足を止めると、つま先やかかとで地面を掘った。すぐに柔らかい物が足に触れた。それを避けて土を掘り続けると竹の子が小さく頭を見せた。
小さい頃に祖父や父に連れられて竹の子や山芋を掘りに来ていたが、意外と勘は残っていた。他の場所でも竹の子を見つけた。さらにもう一つ見つけた頃にはすっかり勘を取り戻して、辺り一面に竹の子が埋まっているのが分かった。
だからといってどうしたわけでもない。頭まで掘り返した竹の子はそのままにして私は家に帰った。
次の休みに私は不動産屋へ行った。山を売りたいと言うと、土地を買うのは簡単だが売るのは難しい。かなり待ってもらう事になると言われた。それほど急いでもいなかったので、私はお願いしますと頼んで店を出た。それからずっと不動産屋からの電話はない。
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