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履かない靴を売る

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第一章 社長のお賃金は五万円

 私こと牛山うし子は、二十二歳の時に会社を相続した。

 登山靴を作る会社である。

 会社を相続するという言葉には、なんとなく金色の響きがある。少なくとも大学生だった私にはそう聞こえていた。社長になる。会社を持つ。従業員がいる。名刺には代表取締役と印刷される。就職活動をしなくてもいい。

 しかも、借金はなかった。

 売上もあった。

 祖父が残してくれた会社だから、私はずいぶん運がいいと思っていた。

 三年経った。

 現在、私の月給は手取り五万円である。

 朝九時、私は会社の二階にある会議室へ入った。

 会議室と呼んでいるが、長机を二つ並べればほとんどいっぱいになる部屋だ。壁には十年前の登山靴のポスターが貼ってある。剣山の稜線を背景に、茶色い靴が岩の上へ置かれている。ポスターの隅が少し浮いていた。

 従業員は全員そろっていた。

 八人。

 職人が四人、直営店の従業員が三人、経理が一人。それに私を足して九人になる。

 私はプリントを机の上へ置いた。

 昨年度の決算資料である。

「昨年度も無事に乗り切ることができました」

 私がそう言うと、みんなが紙を見た。

 高田さんだけは腕を組み、窓の外を見ていた。

 高田さんは職人長で、六十四歳になる。髪はほとんど白く、爪の間にはいつも黒い汚れが残っている。工房で使う接着剤や革の染料らしい。祖父は生前、高田さんについて「金を積んでも雇えん職人」と言っていた。

 金を積まなくても雇えている。

 ただし月給は五十万円だ。

 社長である私は五万円である。

 数字を逆にしたわけではない。

「まず、良いニュースから話します。昨年度も黒字でした。借金もありません。それから、売上は前年を少し上回りました」

 真知子おばちゃんが小さくうなずいた。

 真知子おばちゃんは祖父の妹の娘なので、私からすると従姉叔母にあたるらしい。親戚関係には、時々そういう呼び方を初めて聞く人が現れる。従姉叔母という言葉を知った時、私は親族にも大型アップデートがあるんだなと思った。ちなみに法律上、親族という言葉には六親等内の血族まで含まれる。六親等ともなれば、顔を見ても誰だか分からない人が普通に親族として出現する。

 話を戻す。

「ここから悪いニュースです」

 私は一枚めくった。

「利益は三年連続で下がっています。今年も材料費が上がる見込みです。このままいけば、来年度は赤字になります」

 誰も紙をめくらなかった。

 部屋の隅に置かれた古いエアコンが、ぶうん、と音を立てた。

「昨年十一月には、買掛金の支払いが危なくなりました。直営店の売上が月末に入ったので払えましたが、今年も同じことが起きる可能性があります」

 高田さんが窓からこちらへ顔を戻した。

 その顔に驚きはなかった。

 つまり知っていたのだろう。

 私は会社のお金について、なるべく従業員に隠さないようにしている。会社が危なくなった日に突然知らされるなんて嫌だろうと思ったからだ。

 ただ、この方針には欠点がある。

 みんな、自分の働いている会社に先がないことを知っている。

 去年も伝えた。

 一昨年も伝えた。

 三年連続で危機を共有すると、危機も季節の行事みたいになる。

「なんとか、みんなでこの状況を乗り越えたいと思っています。小さなことでもかまいません。思いつくことがあれば言ってください」

 私は八人の顔を順番に見た。

 真知子おばちゃん。

 紗枝おばちゃん。

 経理の杉本さん。

 職人三人。

 高田さん。

 もう一人。

 八人いることを確認しただけになった。

 誰も口を開かなかった。

 私は手元の資料を見た。

 資料には、売上、原価、販管費、営業利益が並んでいた。営業利益の欄だけが年々細くなっている。

 数字というものは冷たい。

 去年はがんばったとか、今年は運が悪かったとか、そういうものを一切書いてくれない。

 黒字なら黒字。

 赤字なら赤字。

 ただ、それだけである。

 私は祖父の言葉を思い出した。

「帳簿さえ見よったら、会社は潰れん」

 私は社長になってから毎日帳簿を見ている。

 その結果、会社が潰れそうだということだけは、よく分かるようになった。

 少し長い沈黙のあと、高田さんが口を開いた。

「みんなが、自分の仕事をちゃんとやるしかないだろ。それで今までやってきたんだから」

 何人かがうなずいた。

 私は笑顔を作った。

「そうですね。今年もがんばりましょう」

 会議は終わった。

 限界ギリギリ企業の会議だからといって、限界まで話し合うわけではない。

 十分後には工房から機械の音が聞こえ始めた。

 私は社長室へ戻った。

 社長室という名前は立派だが、六畳ぐらいしかない。祖父が使っていた木の机、本棚、小さな応接セットがある。机の端には祖父が置いていた陶器の牛がそのまま残っている。

 私は椅子へ座った。

 机の上に給与明細があった。

 手取り、五万二千百七十円。

 今月は少し多い。

 私は給与明細を引き出しにしまった。

 従業員にはちゃんと給料を払っている。

 高田さんは五十万円。

 他の職人にも、それなりに払っている。

 店舗の従業員も三十万円前後。

 給料を下げれば会社は楽になる。

 だけど、そんなことをしたら誰が働いてくれるのだろう。

 高田さんの給料を十万円下げれば、私の給料を三倍にできる。

 その計算をすると、自分がとても嫌な人間になったような気がした。

 私はスマホを開いた。

 SNSの画面に、秋山真理恵の投稿が出てきた。

 大学の同期だ。

 高校も同じだった。

 当時の真理恵はギャルで、教室の後ろの方でいつも誰かと笑っていた。私は教室の前の方で本を読んでいたので、ほとんど話したことはない。

 真理恵は引っ越したらしい。

 新しい部屋の写真が何枚も載っていた。

 白いテーブル。

 小さなソファ。

 観葉植物。

『今日から一人暮らし!』

 私は画面を閉じた。

 そして、すぐにまた開いた。

 写真をもう一度見た。

 私は二十五歳。

 実家暮らし。

 社長。

 手取り五万円。

 肩書だけ抜き出すと立派なのに、生活だけ抜き出すと大学生の仕送りにも負けそうだった。

 私は立ち上がり、窓を開けた。

 徳島駅の近くを車が走っていた。

 晴れている。

 今日は直営店にも何人か客が入るだろう。

 売上はある。

 会社も黒字だ。

 だから、すぐに潰れるわけではない。

 そこで私は、初めて奇妙なことに気づいた。

 会社が潰れない未来も、かなり怖い。

 このまま毎年少しずつ利益を減らしながら、なんとか黒字を守る。

 私は毎月五万円をもらう。

 三十歳になる。

 三十五歳になる。

 四十歳になる。

 その間ずっと実家に住み、帳簿を見て、みんなに「今年もがんばりましょう」と言う。

 その光景が、妙に具体的に浮かんだ。

 会社が潰れれば終わる。

 潰れなければ終わらない。

 私は椅子へ戻り、本棚から一冊の本を抜いた。

『道を切り開いた者たち』

 自己啓発本である。

 付箋を挟んだページを開く。

『会社の危機こそ好機である。構造改革は危機からしか始まらない』

 昨日も読んだ。

 一昨日も読んだ。

 読むたびに、ちょっと元気になる。

 そして朝になると利益率は元に戻っている。

 私は本を閉じた。

「好機ねえ」

 誰もいない社長室で声が出た。

 机の上には決算資料がある。

 黒字。

 借金なし。

 売上増。

 それなのに会社は限界ギリギリ。

 私は三年間、何かを少しずつ良くしてきたつもりだった。

 それでも利益は減った。

 今年も同じことをすれば、同じ方向へ進む。

 だったら何かを変えなければならない。

 何を変えるのかは分からない。

 商品か。

 値段か。

 売り方か。

 店か。

 私か。

 私はもう一度、給与明細の入った引き出しを開けた。

 五万二千百七十円。

 紙を眺めていると、腹が立ってきた。

 会社にではない。

 祖父にでもない。

 高田さんにも、従業員にも、材料費にも腹は立っていない。

 たぶん、自分に腹が立っていた。

 三年間も社長をやっているのに、私はまだこの会社に何をさせればいいのか分かっていない。

 ただ会社を残そうとしている。

 祖父が残した形のまま。

 それで残ったとして、私は一生、手取り五万円なのだろうか。

 私は決算資料を閉じた。

 午後から直営店へ行くことにした。

 この会社で唯一、毎日お客さんの顔が見える場所だ。

 何かあるかもしれない。

 何もないかもしれない。

 それでも、社長室で自己啓発本を読んでいる間に会社が勝手に儲かることがないことだけは、三年間で十分に分かった。

 そんなことは起きない。

 私は立ち上がった。

 陶器の牛が机の上で、間の抜けた顔をしていた。

「社長って、何する人なんだろうね」

 牛は何も言わなかった。

 少なくとも、給料は私より安そうだった。

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