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すべてのイケメンは、私が好きである

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第一章 仮定を採用する

 二宮澄香は、友人の結婚を、スマートフォンの画面で知った。

 午後八時十二分、仕事用のメールを確認したあと、習慣でメッセージアプリを開いた。高校時代からの友人、真由の名前の横に、未読を示す赤い数字がついていた。

「報告です。来年の三月に結婚することになりました」

 その下に、男性と並んだ写真があった。二人とも黒いコートを着て、駅前の大きなクリスマスツリーの前に立っている。真由は男性の腕に手を回し、歯を見せて笑っていた。男性は少し首を傾け、真由の方へ顔を寄せていた。

 澄香は写真を拡大した。男性は、以前、真由から話を聞いたことのある会社員だった。名前は覚えていなかった。額が広く、目尻が下がっている。写真の右下には、撮影した日付が小さく表示されていた。

 澄香は、返信欄に文字を打った。

「おめでとう。びっくりした」

 送信する前に読み直し、「びっくりした」を消した。

「おめでとう。よかったね」

 これも、何がよかったのか分からない気がした。澄香はもう一度消し、結局、「おめでとう!」とだけ送った。感嘆符をつけたのは、文字だけでは暗く見えると思ったからだった。

 すぐに既読がついた。

「ありがとう! 澄香にも直接言いたかったんだけど、最近なかなか会えなかったから」

「落ち着いたらご飯行こう」

「行こう行こう。澄香は最近どう?」

 澄香は、机の上を見た。

 ノートパソコンの横に、赤字を入れ終えた原稿が置いてある。マグカップには、冷めた紅茶が半分残っていた。床には通販の段ボールがあり、開封したまま三日経っていた。

「変わらないよ。仕事してる」

 送信すると、真由から笑顔の絵文字が返ってきた。

 会話はそこで終わった。

 澄香は椅子の背にもたれ、画面を閉じた。窓の外を、小型トラックが通った。カーテンの隙間から、白いヘッドライトが入り、壁の上を横切った。

 三十二歳になってから、結婚の報告は四件目だった。

 最初は大学時代の知人、次は前の職場の同僚、その次は従姉だった。どの報告にも、澄香は「おめでとう」と返した。披露宴に呼ばれたこともある。白い封筒に三万円を入れ、髪を整え、ほとんど知らない人たちと同じテーブルに座った。

 澄香には、結婚の予定がなかった。

 交際している人もいなかった。最後に男性と二人で食事をしたのは、四年前だった。仕事先の編集者と、駅ビルの蕎麦屋に入った。食事中も原稿の話をして、会計は別々だった。

 恋愛らしいことが、まったくなかったわけではない。

 二十五歳の頃、同じ会社にいた男性から、映画に誘われたことがある。澄香は、その男性が自分を誘った理由を考えた。共通の知人が来られなくなったのかもしれない。割引券の期限が近かったのかもしれない。断ったら職場の空気が悪くなるかもしれない。

 考えているうちに、返信が翌日になった。

「その日は用事があります」

 本当は、用事などなかった。

 その男性は半年後、別の女性と交際を始めた。二人は数年後に結婚したと聞いた。

 澄香はキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。中には卵が二個、納豆が一パック、ペットボトルの水が入っていた。扉の棚に、賞味期限を三日過ぎた牛乳があった。

 夕食を作る気になれず、冷凍庫から炒飯を取り出した。袋の端を少し切り、電子レンジに入れた。表示に従って、加熱時間を五分三十秒に設定した。

 待っている間、澄香は流し台の前に立っていた。

 排水口の網に、昼に食べたうどんの葱が残っている。洗剤の容器には、水色の液体が二センチほど残っていた。冷蔵庫の上では、電気ケトルの赤いランプが消えていた。

 電子レンジが三回鳴った。

 炒飯を皿へ移し、スプーンで食べた。中央だけ熱く、端の方は少し冷たかった。澄香はテレビをつけた。男女六人がスタジオに座り、恋愛について話していた。

「好きな人には、自分から行かなきゃ駄目ですよ」

 若い男性タレントが言った。画面の下に、大きな黄色い文字が出た。

 澄香はテレビを消した。

「行けるなら行ってる」

 声に出すと、室内に自分の声だけが残った。

 食べ終わった皿を流し台へ運び、蛇口の横に置いた。すぐに洗うつもりだったが、椅子に戻り、またスマートフォンを手に取った。

 真由の写真を、もう一度見た。

 真由は高校生の頃から、特に目立つ生徒ではなかった。身長は澄香より低く、運動も苦手だった。卒業アルバムの写真では、前髪が少し曲がっている。

 それでも真由には、何人かの恋人がいた。

 高校三年の夏、同じクラスの男子と付き合った。大学ではサークルの先輩と付き合い、就職してからは取引先の男性と付き合った。うまくいかなかった話も、澄香は何度か聞いていた。

 真由は、特別に運がよかったわけではない。

 澄香は写真を閉じ、自分の顔を黒い画面に映した。部屋の照明が背後にあり、顔の輪郭は暗かった。目の下に薄い影がある。前髪の一部が、右へはねていた。

 自分は、男性から選ばれない人間なのだ。

 その考えは、いつからあったのだろう。

 澄香は、小学生の頃のことを思い出した。クラスの男子が、好きな女子の名前を紙に書き、回していたことがあった。澄香の名前は、どの紙にもなかった。

 中学二年のバレンタインには、隣の席の男子へチョコレートを渡そうとした。前日の夜にスーパーで買った、小さな箱だった。学校へ持っていったが、渡すところを誰かに見られるのが怖くなり、そのまま家へ持ち帰った。

 高校では、美術部の先輩を好きになった。先輩が卒業する日、澄香は校門の近くで待っていた。しかし、先輩は女子生徒三人に囲まれていた。澄香は声をかけず、先に帰った。

 選ばれなかった。

 そう考えてきたが、実際には、選ばれる場所に立ったことがほとんどなかった。

 映画に誘ってきた男性も、先輩も、隣の席の男子も、自分を嫌っていたとは限らない。何も起きなかったという結果だけを見て、最初から可能性がなかったことにしていた。

 澄香は机の引き出しを開け、使いかけの大学ノートを出した。

 表紙には「校正メモ」と書いてあった。最初の十ページには、仕事で間違えやすい表記が並んでいる。その続きは白紙だった。

 澄香は新しいページを開き、日付を書いた。

 十二月十七日、午後九時四十分。

 その下に、「仮説」と書いた。

 文字を書いたところで、手が止まった。

 自分が、男性から好かれない人間だという考えには、証拠があるのだろうか。

 交際した人数が少ないこと。告白された回数が少ないこと。現在、恋人がいないこと。どれも事実だった。しかし、その事実から、今後も誰からも好かれないとは言えない。

 澄香は、ノートに書いた。

「すべてのイケメンは、私が好きである」

 書いた直後、顔が熱くなった。

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