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ゲーム史入門ディケイド2 1990~1999年

第一章 90年代以前のゲーム史

1990年代を語る前に、その前提となるゲーム史の流れを整理しておくことは欠かせない。なぜなら、90年代に訪れた数々の革新やブームは、70年代から80年代にかけての積み重ねがなければ決して生まれなかったからである。ゲームは一朝一夕に大衆文化となったわけではなく、幾度もの実験、挫折、そして再生を経て現在の形にたどり着いた。ここでは、1970年代から1980年代末までの主要な動向を追いながら、90年代を迎える土壌がどのように準備されていたかを見ていこう。

1970年代初頭、コンピュータゲームはまだ実験的な存在にすぎなかった。アメリカでは1972年にアタリがアーケードゲーム『Pong』を発売し、卓球を模したシンプルな映像ながら大ヒットを記録する。これが商業的に成功した最初のビデオゲームとされ、以後アーケードゲーム産業は急速に拡大していった。日本でもタイトーが1973年に『エレメカ』をベースにしたアーケード機を投入し、70年代後半にはナムコやセガといった企業が参入する。特に1978年のタイトー『スペースインベーダー』は社会現象と呼べるほどの大ブームを巻き起こし、喫茶店にインベーダー筐体が並ぶ光景が日常となった。これにより、ビデオゲームは一過性の流行ではなく新しい娯楽産業としての地位を確立していく。

1980年代初頭には、アーケードゲームが次々とヒットを飛ばした。ナムコの『パックマン』(1980年)は迷路を舞台にキャラクターを操作するゲーム性と、愛嬌のあるデザインで世界的な人気を獲得する。さらに『ドンキーコング』(1981年)は後に任天堂を代表するキャラクター「マリオ」を世に送り出し、キャラクター産業としてのゲームの可能性を示した。アーケードではシューティングやアクションが主流となり、ハイスコアを競う文化が広がっていった。

一方で家庭用ゲーム機の普及も大きな動きであった。アメリカでは1977年にアタリ2600が発売され、カートリッジ交換式という新しい仕組みによって家庭でもさまざまなタイトルを楽しめるようになった。しかし市場は急速に拡大した反面、粗悪なソフトが氾濫し、1983年には「アタリショック」と呼ばれる大不況を迎える。売れ残ったカートリッジが投げ売りされ、北米の家庭用ゲーム産業は壊滅的な打撃を受けた。この出来事は、ゲームが単なるブームに過ぎないと考える人々の不信を強めた一方で、後の日本企業による逆襲を可能にする空白を生んだ。

その空白を埋めたのが、日本の任天堂である。1983年に発売された「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」は、低価格ながら高性能で、さらに徹底した品質管理によって信頼を築いた。『スーパーマリオブラザーズ』(1985年)は世界的な大ヒットとなり、横スクロールアクションのスタンダードを確立する。同時期に『ドラゴンクエスト』(1986年)がRPGの新しい形を提示し、日本ではゲームが子どもから大人まで広く受け入れられる文化となった。1980年代後半には『ファイナルファンタジー』や『ゼルダの伝説』といった名作が次々に登場し、ジャンルの多様化が進む。これらの作品は、90年代における大作主義や物語性の深化につながっていった。

アーケードでも80年代後半は革新的な作品が相次いだ。セガの『アウトラン』(1986年)は疑似3D表現による臨場感を生み出し、『アフターバーナー』(1987年)は体感型筐体の先駆けとなった。ナムコの『リッジレーサー』へとつながる技術的な挑戦は、この時期にすでに芽生えていたのである。また、対戦文化の萌芽もこの頃から現れており、格闘ゲームの礎となる要素がアーケードに蓄積されていった。

携帯型ゲーム機の登場も重要な流れである。1989年に発売された任天堂の「ゲームボーイ」は、『テトリス』との組み合わせで世界的なヒットを記録し、持ち運べるゲームという新しい市場を切り拓いた。これにより、90年代に子どもから大人までが「いつでもどこでも遊べる」環境を持つことになる。ポータブル市場はその後『ポケモン』によって爆発的に拡大するが、その基盤は80年代末にすでに築かれていた。

パソコンゲームの動向も見逃せない。1980年代のPCはグラフィックやサウンドの表現力では家庭用機に劣る部分もあったが、プログラムの自由度が高く、多様なジャンルの実験が行われた。アメリカでは『ウルティマ』や『ウィザードリィ』といったRPGが登場し、日本にも大きな影響を与える。日本のPCゲームはアドベンチャーやノベルゲーム、シミュレーションで独自の発展を見せ、後に90年代のPC市場を支える基盤となった。また、ネットワーク通信の初歩的な試みも80年代後半から始まっており、オンラインゲームの萌芽はこの時代にすでに存在していた。

こうして振り返ると、90年代以前のゲーム史は「基盤づくりの時代」であったことがわかる。アーケードで培われた技術と文化、家庭用機で育まれたソフト開発のノウハウ、携帯機の市場開拓、そしてPCゲームにおけるジャンルの拡張。これらすべてが複雑に絡み合い、90年代に爆発的な成長を遂げる素地となった。90年代のゲームは突然現れたものではなく、この20年余りの積み重ねの上に花開いた成果だったのである。

1990年代に入ると、これらの流れが一気に収束し、さらに拡大していく。家庭用ゲーム機は16ビット機の登場によって表現力を高め、アーケードはポリゴンによる3D表現で新たな可能性を切り拓いた。携帯機市場はゲームボーイを軸に成長を続け、PCゲームはやがてインターネットと結びついてオンライン文化の端緒を開くことになる。そうした動きを理解するためにも、90年代以前の歴史は欠かせない参照点となる。本章で整理した流れを踏まえつつ、次章以降では90年代という激動の十年を具体的にたどっていくことにしよう。

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