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小選挙区破壊論 ぼくたちの政治を語ろうシリーズ3

第一章 一票の格差は「悪」なのか、それとも「現実」なのか

「一票の格差」と聞くと、多くの人はまず直感的にこう思うはずだ。同じ国民なのに、同じ選挙なのに、ある人の一票は重く、ある人の一票は軽い。それはおかしい。民主主義の原則に反しているのではないか。その感覚はまっとうである。むしろ、その違和感を失ったとき、政治は人々の日常から遠ざかり、制度は一部の専門家だけのものになってしまう。だから最初に確認しておきたいのは、一票の格差への怒りや不信は、決して幼稚な反応ではないということだ。それは民主主義の感覚の出発点である。

しかし同時に、この問題は単純ではない。なぜなら日本は、人口が均等に散らばっている国ではないからだ。東京圏への人口集中は長く続き、仕事、大学、情報、企業、行政機能、文化産業の多くが大都市に吸い寄せられてきた。その結果として、人口の多い地域と少ない地域の差は広がり続ける。これを前提に選挙区を切る以上、どれだけ制度をいじっても、完全に同じ人口規模の選挙区を永遠に維持することは難しい。仮にある時点で数字をぴたりと合わせても、人は翌日から移動し、出生や死亡も起き、地域の人口構成はすぐに変わる。つまり一票の格差は、政治家の怠慢だけで生まれるのではなく、日本社会そのものの動きから生まれ続ける構造的な問題でもある。

ここで議論はしばしば二つの極端に割れる。ひとつは「一票の格差は絶対悪だから、ゼロに近づけることだけが正義だ」という立場である。もうひとつは「どうせゼロにできないのだから、気にしても意味がない」という立場である。だが、この本が扱いたいのは、そのどちらでもない。前者は理念としては美しいが、現実の人口移動と地域構造を軽く見がちである。後者は現実的に見えて、実は制度を変える努力を最初から放棄してしまう。必要なのは、ゼロにはできないという現実を認めながら、それでもどの制度なら民意の歪みを小さくできるのかを考える態度である。

そもそも問題は、「格差があること」そのものだけではない。より重要なのは、その格差がどのように政治の結果を歪めるかである。ある制度のもとでは、人口の少ない地域の票の重みが大きく作用し、別の制度のもとでは、その影響がある程度ならされるかもしれない。同じ一票の格差という現象があっても、制度によって被害の出方は変わる。ここを見ないまま「格差はけしからん」で終わると、話はいつまでも裁判の判決文の周辺をぐるぐる回るだけになる。逆に「格差は仕方ない」で終わると、いまある制度の欠陥を温存する言い訳になる。大事なのは、格差ゼロという神話からいったん離れ、格差と制度の組み合わせが何を生むのかを冷静に見ることだ。

日本の政治を考えるとき、もう一つ見落とせないのは、東京一極集中が単なる自然現象ではないという点である。人々が勝手に東京に集まったというだけではない。雇用が集まり、大学が集まり、本社機能が集まり、メディアが集まり、国の意思決定に近い場所が集まり、結果として「東京に行くほど生きやすい」と感じる構造が長く再生産されてきた。つまり人口偏在は、社会の失敗というより、日本が選んできた発展の形そのものでもある。その意味で、一票の格差は単独の選挙問題ではなく、日本の国土設計、産業設計、生活設計の問題が選挙制度の上に噴き出している現象だと言える。

だからこそ、本書の問いは少しずらされなければならない。「一票の格差を今すぐ完全に解消できるか」という問いは、答えがほぼ見えている。現実的には難しい。しかも無理に人口だけで線を引けば、地域のつながりや行政の実務、生活圏のまとまりを壊すこともある。数字の平等を追いすぎて、生活の平等を壊す可能性さえある。だが本当に問うべきなのはそこではない。「一票の格差がどうしても生まれる国で、どんな選挙制度なら民意をより正確に反映できるか」である。この問いに立つと、議論の重心は区割りの微修正から、制度そのものの設計へと移る。

ここで本書が最終的に向かう結論を先に言えば、小選挙区制を壊し、比例代表制を中心にした仕組みに改めるべきだ、というものである。もちろん、これは感情的な破壊願望ではない。小選挙区制には利点もある。政権選択がわかりやすい、地域の代表が見えやすい、勝敗が明快である、といった長所は現実に存在する。一方で比例代表制にも弱点がある。政党中心になりすぎる、候補者の顔が見えにくい、連立の責任がぼやけることがある。そうした論点を無視したまま「比例が正義だ」と叫んでも、制度論としては浅い。本書はそういう書き方をしない。むしろ両方の長所と短所をきちんと見たうえで、それでもなお、死票を減らし、民意の反映を改善し、一票の格差が政治結果に与える歪みを小さくするためには、小選挙区制を破壊するしかない、という結論に進んでいく。

この章の役割は、そのための入口を作ることにある。一票の格差はたしかに不正義の匂いを持っている。だがそれは、単に「悪」と叫べば消える種類のものではない。日本という国が抱える人口偏在の現実と結びついて、これからも生まれ続ける。その現実を見ない理想論は空回りし、現実だけを見て制度を諦める態度は思考停止になる。必要なのは、ゼロか百かの道徳的な断罪ではなく、どの制度がよりマシな歪み方をするのかを問う政治的な判断である。

政治を語るとは、正しさの看板を振り回すことではない。どんな不完全さを引き受け、どんな不完全さを減らしにいくかを選ぶことだ。一票の格差の問題は、そのことをもっとも露骨に突きつけてくる。完全な平等は難しい。だが、だからといって現行制度が最善だとは限らない。ここから先、本書は小選挙区制と比例代表制を一つずつ見比べながら、「平等をゼロか百かで語る政治」ではなく、「歪みをどこまで減らせるかを考える政治」へと議論を進めていく。小選挙区破壊論は、そのための過激なスローガンであると同時に、きわめて地味で現実的な制度設計の提案でもある。

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