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GPUってなに?

第1章 GPUって結局なに?

GPUという言葉は、いまやパソコン好きだけの専門用語じゃなくなった。ゲームを遊ぶ人も、動画を編集する人も、そして最近だと生成AIを触った人も、どこかで「GPUが重要らしい」という話を聞く。けれど同時に、GPUが何者なのかをちゃんと説明しようとすると、意外とみんな言葉に詰まる。「グラフィックがきれいになるやつ」「ゲームが速くなるやつ」「AIが動くやつ」。どれも間違いではないが、どれも本質の説明になりきれていない。ここでは、いちばん大事な芯だけを最初に握る。GPUは何をしていて、なぜ必要で、CPUと何が違うのか。ここを掴むと、後の章で出てくる専門用語が急に“道具の名前”として見えてくる。

GPUは Graphics Processing Unit の略で、日本語では「画像処理装置」と訳されることが多い。名前の通り、もともとは画像、つまり画面に映るものを計算するために作られた部品だ。パソコンやゲーム機は、画面の中にある物体の形、光の当たり方、影、質感、動き、そしてカメラの視点の変化を、毎秒何十回も計算している。その計算結果を、赤・緑・青の点の集合として画面に並べて、人間の目には「世界」として見せている。GPUはその計算を専門に引き受ける存在だ。だからゲームを例にすると分かりやすい。ゲームが重いときにGPUが頑張っている、というより、そもそもGPUが頑張れないとゲームの世界が成立しない。

ただし、ここで誤解が生まれやすい。GPUは「絵を描く機械」ではあるが、絵のセンスを持っているわけではない。写真みたいなリアルな映像も、アニメみたいな映像も、GPUがしているのは結局「数字の計算」だ。三角形をどこに置くか、光がどの角度で当たるか、どれくらい反射するか、ピクセルごとの色をどう決めるか。ひとつひとつは数学の問題で、GPUはそれをものすごい数、同時に解き続ける。絵を描くといっても、筆で一筆ずつ描くのではなく、巨大な工場で同じ作業を何万件も並列に処理して、一気に画面を塗り上げる感じに近い。

ここで登場するのがCPUだ。CPUは Central Processing Unit、いわばパソコン全体の司令塔であり、頭脳である。OSを動かし、アプリを管理し、ファイルを読み書きし、ネットワークの通信を扱い、入力に反応し、いま何を優先して処理するかを決める。CPUはとても賢くて、複雑な判断をするのが得意だ。だが、その賢さは「一つ一つの仕事を丁寧にさばく賢さ」であって、「同じ作業を何万件も一気に片付ける力」とは別物だ。

よくあるたとえで言うと、CPUは少数精鋭の職人集団で、GPUは大量動員の作業員集団に近い。職人は状況を見て判断しながら、難しい工程をこなすのが得意だ。作業員は、単純な工程を大量に、同時に処理できる。もちろん現実のCPUもGPUもそんな単純な二択ではないが、この方向性の違いは大事だ。GPUは「難しいことを少人数で考える」より、「同じ計算を膨大な数に対して一気に行う」ことに強い。画像処理はまさにそれで、画面のピクセルは何百万個もあり、同じ種類の計算をそれぞれに対して行う必要がある。だからGPUが向いている。

この「同じ計算を大量に」という性質が、GPUがゲーム以外でも活躍する理由にもつながる。たとえば動画編集。動画は静止画が連続したものなので、フレームごとに大量のピクセルを処理する。色補正、ノイズ除去、ぼかし、シャープ化、エフェクト、エンコード。どれも“似た計算を画素の数だけ繰り返す”タイプの処理が多い。だからGPUを使うと速くなる。3D制作も同じだ。レンダリングとは、3Dの世界を2Dの画像に落とし込む作業で、これも大量の点に対して似た計算をぶん回す。

そして近年「GPUが重要」と言われる最大の要因が、AI、とくにディープラーニングだ。AIの学習も推論も、内部では大量の行列計算をしている。行列計算もまた、同じ種類の計算を大量に繰り返す世界だ。つまりGPUが得意な土俵にぴったり乗っている。ここで一つ重要なのは、GPUが「AI専用の部品」になったわけではないということだ。GPUの基本性格は昔から変わらない。大量の並列計算が得意。その結果として、画像も動画も3DもAIも、まとめて加速できる。だからGPUは現代の計算資源の主役になった。

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