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見ていただけの愛だった 短文学2

第一章 窓の檻

朝の七時になると、隣の家の門が開く音がする。金属が擦れるような、ちょっと軋んだ音。その瞬間、俺は反射的にカーテンを少しだけ持ち上げる。五センチだけ。いや、三センチかもしれない。指先だけの勇気で、俺は世界を覗く。

そこには、ギャルがいる。

彼女はたいていジャージの上に白いTシャツを羽織り、金髪を無造作にお団子にして、スニーカーで飛び出していく。晴れの日も、雨の日も、冬も、夏も。まるで季節を背負って歩いてるみたいに、彼女は外にいる。

俺と同い年だ。誕生日も近かった気がする。中学の卒業アルバムでは、同じページに並んでいた。俺の顔は引きつっていたけど、彼女は歯を見せて笑ってた。

中学三年のとき、彼女は男子に「夜の姫」と呼ばれていた。笑っていたけど、少しだけ不機嫌そうだった気がする。あの頃の俺は、学校に行ったり行かなかったりで、たまに保健室に逃げていた。彼女はそういう俺に気づいていなかった。いや、もしかしたら気づいていたのかもしれない。けど、目を合わせてこなかった。それが普通だ。

それから十数年が経った。

俺はずっとここにいる。実家の二階、六畳間。壁紙は黄ばんで、エアコンは壊れている。冷蔵庫のモーター音が昼も夜も鳴りっぱなしで、俺の世界のBGMは常にブーン……だ。

母は一階で暮らしている。最近は介護のパートに出てる。父はいない。理由は聞いてくれるな。

俺の部屋の窓から見える景色は、ほとんど隣の家だ。だから、必然的に、彼女も俺の世界の一部になった。

笑っても、怒っても、赤ん坊を抱いても、無言でも、彼女は俺の風景だ。

引きこもっていると、時の流れがおかしくなる。

日付の感覚がまず狂う。曜日が消える。月の移り変わりを知るのは、近所のスーパーの特売チラシか、母が何を買ってきたかの内容だけだ。

俺は日々を数えない。けど、彼女は日々を消費している。

服が変わる。髪型が変わる。手にはいつの間にかスマホとベビーカー。

ギャルというより、もう立派な母親だ。

けれど俺の中では、彼女はまだ金髪のまま止まっている。

脳の奥にこびりついた記憶は、更新されない。

窓って、内側から見ると檻だ。

外は見えるけど、出られない。

しかも外からは内側が見えない。

だから俺は、彼女からは見えない存在として、ずっとここにいる。

たまに目が合う気がする。

でもそれは錯覚だ。向こうが俺を見る理由はないし、俺がここにいることを知ってるわけもない。

ただの窓だ。ただのカーテンの隙間だ。ただの空気の揺れだ。

けれど、もし本当に一度でも目が合っていたとしたら、それだけで俺の人生に意味があったと言えるかもしれない。

そのくらい、彼女は俺にとって特別だ。

窓の下にはベランダがある。物干し竿には、うちの洗濯物。母の介護服、タオル、靴下。

その向こうに、彼女の家の庭がある。赤い三輪車。小さな靴。ぬいぐるみの干された影。

季節が変わるたびに、その景色も変わる。

でも、俺の部屋は変わらない。

俺はここにいる。今日も。昨日も。たぶん明日も。

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