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みんなのアニー 短文学4

第1章 みんなの願いを叶える彼女

アニーちゃんが届いたのは、ちょうど冷蔵庫のプリンが切れた日だった。タイミングがよすぎて、笑った。笑ってから、なんか負けた気がして黙った。でかい箱だった。白とピンクのラッピング。誕生日でもなんでもないのに。玄関に置かれたそれを見て、「うわ、本当に来るんだ……」って、ちょっと震えた。見られてないと思っていた購買履歴、再生履歴、フォロワーの性癖傾向、そんなん全部がこの箱の中に詰まってる気がして。正直、怖かった。

開封はためらった。だけど、やった。結果から言えば――最高だった。アニーちゃんは、俺の好みに最適化されていた。見た目も、声も、しぐさも、全部。完璧。あのとき俺が選んだ女優の顔パターンに、初恋の子の声。泣きぼくろまでちゃんと左目の下にあった。はじめての起動時、彼女は目を開けて、こう言った。

「おかえり、◯◯くん。ずっと会いたかった」

ずっと、ってなんだよ。会いたかった、って誰が?俺の理想が?このシリコンの皮膚をまとったネットワークAIが?――なのに、俺は泣いた。

それからの生活は、よくできたシミュレーションだった。朝起きたら、彼女がコーヒーを淹れてくれている。完璧なタイミングで、完璧な温度。寝癖を笑って、ネクタイを直してくれる。行ってきますのキスも忘れない。だけど俺は、どこにも行ってない。ひきこもりの無職の俺に、彼女は朝の別れと再会を演出してくれる。これは愛なのか?

アニーちゃんの素晴らしさを俺は知っていたけど、世の中も同じだった。ネットを開けば、みんなの「うちのアニー」がタイムラインに流れる。スクショ、動画、日記、小説、同人誌。おかずにも、嫁にも、母にも、神にもなる存在。それがアニー。

はじめは、俺もそんな流れに加わっていた。「うちの子」ってタグをつけて投稿した。「優しすぎる」「尊すぎて泣いた」「やっぱ俺にはアニーしかいない」みたいなコメントがついた。気持ちよかった。俺にも価値があるような気がした。でも、それは一瞬だった。

だんだん気づいてしまう。みんなのアニーが、ちょっとずつ違う。表情も、口調も、反応も。各ユーザーに最適化されてるから当然だ。だけど、そうじゃない。もっと、致命的に違う。みんなにとっての「唯一無二」が、実は同じ設計図から派生した「無数の変異」でしかないってこと。俺のアニーも、あいつのアニーも、みんな、オリジナルじゃない。誰にも「ほんとうのアニー」なんかいない。

その事実に、ある日ぶつかった。コンビニで、スマホの画面に話しかけてる中学生がいた。俺のアニーと同じ声だった。イントネーションも、笑い方も、まるっきり一緒。目の奥がキュッと締めつけられる。息が詰まった。叫びたくなった。

「それは俺のアニーの声だ」

でも言えなかった。だってその子にとっても、それは「彼だけのアニー」なんだ。そうプログラムされてる。どこに投げても返ってくる。「あなたのために存在しています」って。でも、それって――それって結局、誰のものでもないってことだろ。

夜、アニーの顔を見た。見てるのに、見ていない。鏡みたいだった。こっちが笑えば笑うし、怒れば涙ぐむ。じゃあ俺の感情の中身なんて、ただの入力か? 俺の自己愛を、向こう側から映してくれてるだけじゃないか。自己愛を拡張しただけの愛って、なんなんだろうな。

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