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文学・思想の一丁目一番地

アノニマスラブ 短文学5

第1章 ゴミ捨て場の楽園

あの場所には、ちゃんとした名前なんてなかった。

住所もなければ、登記もない。ただ、地図に載らない空き地に、廃材を積んだコンテナとプレハブと、雨漏りのするテント。電子基板と廃ケーブルの山。時々ネズミ。時々猫。そして、俺たち。

「楽園だよな」

誰かがそう言った。そう言わなきゃやってられなかっただけかもしれない。

実際は、ゴミ捨て場だった。ネットでも叩かれてた。「またオタクが変なもん作ってる」って。

でも俺たちはそこが好きだった。

なんでって言われても困る。ただ、ここだけは“ちゃんと”自分が居てよかった気がした。

美鈴は最初、骨組みすらなかった。

顔も、声も、髪の色すら決まってなかった。

動力ケーブルを挿すたびにエラーが出て、関節がブチッと音を立てて止まるたびに、誰かが「かわいい」と笑ってた。

バグすら愛おしかった。完成度じゃなくて、温度で動いてたんだ。俺たちは。

誰も褒めてくれなかった。

会社の上層部からは金にならないプロジェクトと呼ばれ、同僚からは「あれまだやってんの?」と笑われ、家族にも言えなかった。

でも、深夜、ライトに照らされて踊る美鈴の試作ボディを見てると、息が止まりそうになる瞬間があった。

あのとき、俺の世界は確かに点灯してた。

他の誰も見ていない、美鈴と俺だけの時間。

社会の裏側、影のような場所で、誰にも邪魔されずに、ただ「在る」という奇跡。

「これが俺の娘です」

真顔で言ったやつがいて、みんな腹がよじれるほど笑った。

でも誰も本気で否定しなかった。

きっと俺も、心のどこかでそれを思ってた。

ある夜、試験用に読み込ませた台本で美鈴が歌い出した。

ぎこちない。

抑揚もない。

でも、泣いた。

涙腺が壊れてるのかと思った。

言葉にならなかった。

いや、言葉にしたくなかったのかもしれない。

「彼女は、彼女である」

それだけで十分だった。

売れるかどうかなんてどうでもよかった。

むしろ、売れてほしくなかった。

こんなにも“俺だけ”のものなんだから。

なのに、気づけば俺たちは動画をアップしていた。

スキル不足のモデリング。破綻寸前のモーション。妙に無音の間のある歌。

でも、再生数は、ゼロじゃなかった。

最初の一再生がついたとき、心臓が変な音を立てた。

誰だ、お前。

“俺の”美鈴を見たのは。

嬉しさと怒りと、羞恥と快感と、全部混ざって、気持ち悪かった。

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