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文学・思想の一丁目一番地
君に押し倒されたかった 短文学7
第1章 あの子だけ自由だった
あの子は、最初から空気を読まなかった。
教室の湿った膜のような気配を、何も感じていないような顔で、机にアニメのキーホルダーをぶらさげていた。あたしが「そのキャラ、何?」って声をかけたときも、ぎこちなく笑って、指先でちょんと触れて「推しです」って言っただけだった。
何もない。いや、あったんだけど、あたしの欲しかった「なにか」じゃなかった。
空気って、言葉よりも重たい。しゃべる前に、全部決まってるの。靴下の長さとか、髪色のトーンとか、今日のお昼のセレクトまで。そういうのをひとつひとつクリアしていくのが、「普通」ってやつで、あたしはその「普通」の頂点でバランス取って立ってた。ううん、そう見せかけてただけ。内側では、いつ落ちるかずっと怯えてた。バランス取るって、案外苦しいんだよ。
でも、あの子──名前すら今となっては思い出せないそのオタクくん──は、何も気にしてなかった。誰にも媚びない。話しかけられなくても平気。文化祭のグループがあぶれても、ぽつんと一人で弁当食ってても、平然としてた。なんで? どうしてそんなことができるの?
最初は、見下してた。かわいそうって思ってた。
でも、だんだん、うらやましくなった。
こっちは、毎日どこかを削って生きてんのに。
アイラインを引く角度、スカートの丈、話すスピード、笑い方、LINEの既読のタイミング、全部、計算してるのに。あの子だけ、まるで何も考えてなかった。
教室の中で、ひとりだけ異物だった。
なのに、誰よりも自由だった。
誰かとつるまないと不安で、鏡を何度も見直して、写真を盛るためにアプリを変えて、それでも不安が残るのに。あの子は、そんなの一切気にしてなかった。
「ひとりで平気」って、すごい武器なんだって、気づいたのはその頃だった。
でもその武器は、あたしには持てなかった。だって、それを持つためには、全部捨てなきゃいけないから。あたしがここまで積み重ねてきた、ぜんぶ──“かわいい”のために費やした朝の時間も、“いいね”のために繋がった関係も、ギャルっていう仮面も、何もかも。
たまに、あの子を観察してた。
誰も気にしてなかった。いや、たぶん全員、同じように見下してた。でもあたしは、ちがった。見てた。気になってた。
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