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宝くじの当たり券 短文学12

第一章 保持する者

実は宝くじに当たっている。1000円とか1万円とかじゃなくて10億円だ。

それを最初に言ってしまうのは、倫理的にどうかと思うが、真実はいつだって無遠慮に口を開けている。だから先に言った。秘密は、先に名指されると少し安心する。まだ誰にも伝えていないのに、すでに減罪されたような気がする。気のせいだ。けれど気のせいはしばしば現実より強い。

朝の通勤電車の吊革はべたつく。小さな遺伝子の取っ手みたいに人の生活をつないでいる。僕の右手は吊革を握り、左手は鞄の中で財布を撫でる。羊皮紙の王権神授、みたいな紙切れがそこにある。印字の番号。地味なフォント。天地をひっくり返すほどの桁数。油断すると笑ってしまう。口角が勝手に独立宣言をする前に、車窓の曇りに頬を押し当てて冷やす。誰にもバレてはいけない。いや、バレてもいいのだが、バレると世界が変わる。世界が変わるのが嫌いだ。こう見えて保守的だ。革新は好きだが、自分の生活に導入しないタイプの革新愛好家だ。見物人。拍手の専門家。

「このままでいいのか?」という問いは、実は「このままでいたいのか?」とは別物だ。

このままでいいのだ。よくないけれど、よい。味噌汁に砂糖を入れたみたいな矛盾。甘いし、しょっぱい。舌が混乱し、脳が解像度を落とし、やがてそれを“家庭の味”と呼びはじめる。人間は慣れに名前を与えるのが上手い。僕は“保持”という家庭料理を食べて生きてきた。おかわりもできる。冷めてもおいしい。冷めた方がうまいことすらある。

会社につく。いつも通りの空調。いつも通りの乾いた観葉植物。いつも通りの上司が、いつも通りの溜息に新しいスパイスを足してくる。「金利が上がってさ、ローンがきつくてよ」。なるほど、金は流体だ。器がなければこぼれる。器があっても蒸発する。彼の話を聞きながら、僕のポケットの中では十億円が固体のふりをしている。ふり、である。まだ僕の手の中で相転移していない。現実に触れさせなければ、金は理論上無限に清潔だ。使えば汚れる。数字は現実に触れると汗をかく。僕は汗を嫌う。だから拭かずに、かかせない。矛盾が好きだ。僕の矛盾は、体温をもっている。

昼休み、社食のカレーは具が少ない。少なさは清潔だ。富は雑多だ。僕は少ない方が落ち着く。匙を口に運ぶたび、「いま換金すれば、ここに並ぶ人たち全員の昼食を一週間ぶん奢れる」と思う。思えてしまう、が正しい。思考はしばしば暴力的だ。暴力的な思考への対処法を僕は知っている。見なかったことにする。路上の事故現場の横を、歩幅を変えずに通り過ぎる技術。人は皆、何かを見なかったことにする達人だ。僕だって例外ではない。ただし僕の“見なかった”は、財布という暗箱の中で像を焼き続ける。光は当たらないのに、焼き付く。これは写真の逆で、露光しないほど鮮明になる。

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