うしPのサイト
文学・思想の一丁目一番地
汚部屋ジャンカーとビットコイン500億円の亡霊 ジャンカーノベル1
第一章 サンディおじさんと五百億円
ジャンクコーナーは、人類の敗北が一箱千円で売られている場所だ。
ローン組んで買ったであろうPCが、数年で「電源つきません」の一文に要約されて、ガムより安く転がっている。人生、減価償却が早すぎる。
で、その敗北の山を前にして目を輝かせているわたしは、たぶん世間的には病気の部類だと思う。けど、自覚があるからセーフ。自覚がないのが危ないって、誰かが言ってた。知らんけど。
その日も、いつものリサイクルショップのジャンクコーナーをぐるぐる回っていた。店員からしたら完全に不審者だろうけど、こっちは真剣なんである。
プリンタの墓場みたいな棚を抜けて、デスクトップPCの段ボールゾーンに差し掛かったとき、ふと目に入った一枚の紙に足が止まった。
【電源つきません たぶんi7搭載(世代不明) CPUメモリ付き HDD】
「たぶん」のくせに、ここだけやたら力強くマジックで太字になっている。
この店のジャンク担当、だいたいいつもこんな感じだ。「たぶん」「おそらく」「おそらくジャンクです」って、お前が分からないなら誰が分かるんだよ、というポップ。で、それをありがたがって買っていく、わたしみたいな逸般人がいるから、この業界は成立している。悲しい共犯関係だ。
箱の角の潰れ具合、背面からのぞくI/Oパネル、うっすら黄ばんだ電源ユニット。
――ああ、これ絶対サンディだ。
サンディおじさん、という種族がいる。
一時期やたらと「サンディブリッジ世代のi5/i7」が流行ったせいで、中古市場に同じようなPCが無限湧きしているのだ。
性能的には、まだギリ現役。だけど、新品と比べるとさすがに古い。
結果として、
「買い替えたけど捨てるのももったいないから倉庫に置いておきました」
みたいなサンディおじさんが全国に発生し、耐用年数を迎えた今になって、一斉にジャンク棚に流れ込んで来ている。
サンディおじさんは、だいたい二種類に分類できる。
一つは、情弱だけど物持ちのいい人。
もう一つは、昔ちょっとだけPC自作にハマって、その後きれいさっぱり飽きた元オタク。
どっちにせよ、わたしからすると「うちに来なよ?」と声をかけてしまうタイプのPCだ。
一般人にとって「電源がつかないPC」はゴミだけど、ジャンカーにとってはごちそうである。
電源つかないからこそ安い。
電源つかないからこそ分解しても罪悪感が薄い。
そして電源つかない原因の半分くらいは、ただの電池切れか配線ミスだ。
つまり、“電源つかない”というラベルは、「おいしいですよ」という隠語である。わたしの中では。
値札を見る。税込みで千三百二十円。
マジか。コンビニでお菓子とジュースとアイスを二回我慢したら手に入るサンディおじさん。安すぎて逆に心配になるレベルだ。
でもまあ、いい。どうせ今日の食費も、冷蔵庫の奥で干からびかけてるうどんで済ませる予定だったし。
レジに運んで会計を済ませるとき、店員が一応念押ししてくる。
「ジャンク品なので、電源つかなかったり、中身が違ったりしてもノークレームノーリターンでお願いします」
こっちはそのために買ってるんだよ、と思いながら、「はい、大丈夫です」と愛想だけはまともな人間のふりをする。
家に帰る。
玄関を開けると、ダンボールの山が出迎えてくれる。
ある日スマホのカメラで部屋を撮ったら、どれだけフィルタを盛っても「汚部屋」という事実だけは全力で主張してきたので、それ以来もう写真は撮らないことにした。
世界がわたしの部屋を修正しきれないなら、直すべきは世界のほうだと思う。いや、思いたい。
床の上にコンビニ袋とPCケースと謎のコード類を押しのけて、ジャンク箱を中心にスペースを確保する。
ガムテープをはがして、ケースを引っ張り出す。
ミドルタワー。側板に細かい傷が無数についている。天面はうっすらホコリ。
――うん、これだ。これこれ。
側板のネジを外して、中をのぞき込む。
マザーボードのヒートシンクの位置と形で、ほぼ確信する。
サンディ。LGA1155ソケット。
CPUクーラーは純正。ホコリは、それなり。
電源ユニットは聞いたことない中華ブランドだが、焦げた跡はない。
まず疑うべきは電池。マザーボードのコイン電池を指でつついて、型番とメーカーをチェックする。
……まあ、これくらいならまだ生きてそうだけど。念のため交換だな、と心の中でメモる。
次に、配線。
電源からマザボへ伸びる24ピン、CPU補助電源の4ピン、SATAケーブル。
そしてフロントパネルの細いケーブル類――電源スイッチ、リセットスイッチ、パワーLED、HDDランプ。
そこで、わたしの手が止まった。
(は?)
フロントパネルのピンヘッダに、ケーブルが刺さっている。
が、電源スイッチのピンが、見事に違う位置に刺さっている。
しかも、上下も逆。
これはもう、芸術の域だ。配線ミスの才能がある。
たぶん、このPCを最後にさわった誰かが、フロントパネルのケーブルを抜いて掃除して、そのまま適当に戻したんだろう。
で、電源ボタン押しても反応がなくなった。
「壊れた!」
そう思って、そのまま捨てた。
……というストーリーが、ほぼ完全に脳内で再生される。
わたしは小さくため息をついてから、ケーブルを正しい位置に挿し直す。
ついでに電源のスイッチが「0」になっていないか確認――案の定、切れている。
スイッチを「1」に倒して、壁のコンセントに電源ケーブルを挿す。
いよいよ、儀式の時間だ。
ケース前面の電源ボタンに指を乗せる。
深呼吸。押す。
ピッ。
ファンが一斉に回り出す音がして、フロントパネルのLEDが光る。
あっさり、ついた。
拍子抜けするレベルで普通に起動したので、逆に不安になる。
人間でもそうだけど、あまりにも素直に言うことを聞くと、「裏があるんじゃ?」と疑ってしまう。
モニタにBIOSのロゴが表示される。
DELキーを連打してセットアップ画面に入る。
CPUの項目を見る。
Intel Core i7-2600。
やっぱりサンディおじさんだ。おじさんどころか、もはやお爺ちゃんに片足突っ込んでいるが、まだ戦えるスペック。
メモリは8GB。HDDは1TB。
充分。というか、うちにある現役マシンの何台かよりスペック高い。うちのPCたちの前でこのBIOS画面を見せたら、たぶん家出する。
BIOSを抜けて再起動すると、今度はWindowsのロゴが出た。
Windows10。
クリーンインストールされているのか、と思いきや、ユーザー名が設定されたままのログイン画面が出てくる。
パスワード。
さてここからが問題――と思った瞬間、画面の左下に小さく「別のユーザー」と「ローカルアカウント」の表示があるのに気づく。
試しにパスワード欄を空欄のままEnterを押してみる。
通った。
セキュリティ意識、ゼロ。ありがとう、見知らぬ誰か。
デスクトップが現れる。初期状態の壁紙に、ところどころショートカット。
最初にやることは決まっている。エロフォルダの捜索だ。
人のPCを見るとき、一番手っ取り早くその人の人生観が出るのが、エロとブラウザ履歴だからだ。これは偏見というより、統計だと思う。わたし調べだけど。
うしPのページに戻る