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ピン折れ女のジャンカーパラダイス ジャンカーノベル2

第1章 私は激怒した、ソケットが分からぬ

私は激怒した。複雑怪奇なソケットの仕様を取り除かなければならないと決意した。私にはマザボが分からぬ。

……と、太宰みたいな文体で始めてはみたものの、現実の私はパジャマにジャージ、机の上には食べかけのポテチと、さっきまで見ていたジャンカーYouTuberの動画の履歴が並んでいるだけである。悲しいかな、ここに文学性は一ミリもない。あるのは静電気とホコリと、うっすらとした自尊心の残骸だけだ。

すべての元凶は、あの動画である。

「捨てられてたPC、3000円で買ってきました〜。中身見てみましょう!」

いつも見ている、あのテンション高いジャンカーお兄さん。ボロボロのケースをバキバキ開けて、「お、i5だ」「電源は死んでるけどマザボは生きてますね〜」とか言いながら、ちゃちゃっとパーツを付け替えて、最後にはウィンドウズの起動画面をドヤ顔で映す。コメント欄は「神回」「それタダ同然じゃん」「ジャンクのロマン」とかで埋まる。

見ているうちに、私は思ってしまったのだ。

──これ、私にもできるのでは?

冷静に考えれば、そんなわけがない。私はハンダごてを持ったこともないし、プラモデルすら途中で投げ出すタイプである。でも、YouTubeというのは人間の頭をバカにするために存在している。成功している場面だけを切り抜いた動画を見続けていると、「失敗する未来」という現実的な概念が、脳内からスルッと抜け落ちる。

「だって、あの人たちも最初は素人だったんでしょ?」

そう、自分に都合のいいところだけを強調するのが人間である。私は堂々とそういう人間だった。

気がついたら、私はジャンク屋のPCコーナーに立っていた。ドフ……いや、店名は伏せるが、ああいう系列の店だ。山積みになった灰色の箱たち、山のように並ぶ謎のカード、そして値札に書かれた「通電未確認」「ジャンク」「保証なし」の文字。ふつうの人間なら一歩引く景色だが、YouTubeで洗脳され切った頭には、宝の山に見えるから恐ろしい。

「えーと、まずはマザボだよね。土台がなきゃ始まらないって、動画で言ってた」

棚の一角に、「マザーボード 5000円均一」のダンボール箱があった。雑に突っ込まれた基板たち。緑、黒、茶色。SATAポートがいっぱい並んでいるやつ、やたらヒートシンクがゴツいの、PCIeスロットが意味もなくたくさん付いているの。正直、違いは分からない。ただ一つ分かるのは、どれも「それっぽい」ということだけだ。

「まあ、見た目が強そうなやつにしとくか」

私は、その中で一番ヒートシンクがギラギラしている黒いマザボを引っ張り出した。裏面のシールには、型番らしきアルファベットと数字の羅列。読めないので、写真を撮って後でググることにする。今はノリが大事だ。ノリと勢いと、社会的信用など何もいらない。

次にCPUコーナー。こちらはさらにカオスだった。小さいプラケースに入れられた金属の板。表には「Core i5」「Core i7」「Xeon」などと書かれている。値段もバラバラだが、ジャンカー動画の影響で「どうせならi7でしょ」という浅はかな見栄が顔を出す。

「これとか、安いし、i7だし……」

私は、そこそこ安いi7を一つカゴに入れた。箱の注意書きには「対応ソケット:LGAなんとか」と書いてあるが、なんとかの部分は覚えていない。というか、そもそもその時の私は、「LGA」という文字列自体をほぼ飾りだと思っていた。「CPUって、だいたい同じ形してるし、なんとかなるっしょ」と本気で思っていたのだ。今なら、その時の私を後ろから全力で殴りたい。

メモリも適当に2枚。電源はさすがに怖かったので、家にある古いPCから流用するつもりでスルー。合計金額は1万円ちょっと。安いようで、冷静に考えればかなり高い授業料である。

帰り道、私は謎の高揚感に包まれていた。コンビニのレジ袋からチラッと見える黒いマザボのヒートシンクが、やけに頼もしく見える。「これで、私もジャンカーの仲間入りや」と意味不明な優越感に浸りながら、自転車を漕いだ。

家に帰るや否や、机の上を適当に片付け、マザボを丁寧……というよりは、テンション高く取り出す。基板の匂い。ホコリっぽいけれど、どこか新しい。私はしげしげとそれを眺め、「はい、ここがCPUソケットね」と、それっぽく頷いた。上についている金属のカバーを開けると、小さなピンがびっしりと並んでいる。

「うわー、なんかすごい。細かい。虫の触覚みたい」

そこでようやく、「これ、折ったら終わるやつでは?」という不安が頭をかすめた。が、引き返すには遅すぎる。もうCPUも買ってしまったし、ここでビビっていては、ジャンカーの神に試験落第を言い渡されてしまう(そんなものは存在しない)。

プラケースからCPUを取り出し、ソケットの上にそっと乗せる。……が、乗らない。

「あれ?」

動画で見たときは、「三角マークを合わせて、そっと置く」だけだった。なのに、私の手元では、CPUがどう頑張っても収まりたがらない。向きを変えても、回してみても、どこかが引っかかる。CPU側の金属部分が、ソケットの内側の出っ張りと明らかに干渉している。

「いやいや、そんな繊細なもんじゃないでしょ。ちょっと固いだけだって」

ここで、脳内の悪魔が囁く。「押せば入る」。そう、押せば入るのだ、たいていのものは。プラグだって、USBだって、最初は入らないけど、ちょっと力を入れればカチッとハマる。だからCPUもそうに違いない。違いないと信じた。

私は、CPUを軽く押した。カチッと音がするはずだった。だが、現実に聞こえたのは、「ミチッ」という、嫌な、繊細なものが曲がる音だった。

「……え?」

恐る恐るCPUを持ち上げる。ソケットの中を覗き込んだ瞬間、私は知った。ピンが数本、明らかに変な方向を向いている。整列しているはずの金色の列の中で、数本だけが芸術的に折れ曲がっている。芸術とは、たぶんこういうものではない。

「いやいやいやいや、待って」

冷や汗が出る。さっきまでのノリと勢いは蒸発し、代わりに「取り返しのつかなさ」がどっしりと胸にのしかかる。ピン折れ=死亡。動画でそう言ってたのを思い出す。あのYouTuberは笑顔で「まあ、これはもうダメですね〜」と言っていたが、当事者として見る光景は笑えなかった。

「LGAなんとかって、そういうことかよ……」

私はスマホを取り出し、CPUの型番を検索する。「対応ソケット:LGA1155」と出てきた。それから、マザボの型番を写真から読み取り、同じように検索する。ページをスクロールすると、「対応ソケット:LGA1366」と書いてあった。

1155と1366。数字からして違う。というか、見た目からして違う。そもそも、CPUのサイズとソケットのサイズからして合っていなかった。冷静に見れば一目瞭然なのに、私はそれを「ちょっと固いだけ」でスルーしたのである。人間の認知バイアスの教科書に載せてほしい。

「は? なんでこんなに種類あるの?」

怒りと絶望が、同時に込み上げてきた。LGA775、1155、1156、1150、1151……検索結果には、数字の違うソケットたちがズラズラと並んでいる。AMD側もAM2、AM3、AM4と仲良く地獄絵図を展開している。誰だこんなに増やしたやつ。お前ら、互換性という概念を学校で習わなかったのか。

私は、一気に自分の無知が恥ずかしくなると同時に、不可解な怒りを感じた。確かに、何も調べずに買った私がバカなのは認める。だが、それにしても、ここまで分かりにくくする必要がどこにあったのか。CPUとマザボが「お互い、よく知らないんですけど……」みたいな顔をしているのを、ユーザーがいちいち仲介しなければいけないのは、どう考えても設計側の怠慢ではないのか。

「私にはマザボが分からぬ……」

思わず、さっきのフレーズが口から漏れた。分からないのは事実だ。でも、分からないまま放置されるのは、もっと気に食わない。

ふと、マザボの基板上の印刷が目に入る。普通のATXマザーにしては、電源コネクタの位置が妙だ。SATAポートもやたら多い。拡張スロットの並びも、見慣れた自作PC用とは少し違う。違和感を覚えた私は、基板の一角にある小さなシールをじっと見つめた。

「……なんだこれ」

そこには、聞いたこともないメーカー名と、やたら長い型番、そして「Server Board」「Proprietary」といった英単語が並んでいた。試しにその型番を検索してみると、出てきたのは企業向けのラックマウントサーバーの写真だった。ケースも電源も専用品、マザボも専用形状。一般ユーザーが普通のPCケースに入れて使うことなど、微塵も想定されていない世界。

つまり、私は「自作PCの土台」を買ったつもりで、「企業サーバーの内臓の一部」を買っていたわけだ。

「はあああああああ???」

私はスマホを握りしめて叫んだ。部屋には誰もいないので、叫び放題である。近所迷惑だが、今は知ったことではない。

そうか。私は確かにバカだった。何も調べずにノリで買った私が悪い。でも、それだけではなかった。あの「マザボ5000円均一」の箱は、初心者向けの優しい世界などではなく、企業の死体から剥ぎ取られた内臓パーツの墓場だったのだ。しかも、事前にはそれが分からないようになっている。

「通電未確認」「ジャンク」「保証なし」。あの言葉たちは、すべてを免罪する魔法だ。売る側は、何を混ぜても、何を入れても、「ジャンクですから」で済ませられる。初心者がサーバーマザーを掴んでピンを折ろうが、対応CPUが存在しない古い規格を抱えて帰ろうが、自己責任。自己責任の大安売りである。

胸の中で、なにかがカチッと音を立てた。さっきCPUを押し込んだ時とは違う、変な方向に曲がる音ではない。もっと、はっきりした、「スイッチを入れる音」だ。

私は激怒した。複雑怪奇なソケットの仕様を取り除かなければならないと決意した。私にはマザボが分からぬ。だからこそ、分かるようにしなければならない。私みたいなバカが、二度と同じ死に方をしないように。

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