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あの日助けていただいたDDR2メモリですと言われても ジャンクノベル4

第1章 玄関ノックと規格外自己紹介

世の中には二種類の人間がいる。DDR2とDDR3を見ただけで判別できる人間と、そうでない人間だ。

残念ながら私は前者であり、そして前者は例外なく人生のどこかを盛大に踏み外している。例に漏れず、私もだ。

なぜそんなことが言い切れるのかというと、私のここ五年間の主な活動履歴が「ジャンク箱の前でしゃがみこみ、基板のシルク印刷を睨みながら“2”だの“3”だのをぶつぶつつぶやく」という、人類史に何ひとつ貢献していない行為で埋まっているからである。履歴書に書いた瞬間に不採用が確定するタイプの特技だ。だがそれでも私は、自分の人生で唯一胸を張れるのが「DDR2とDDR3を一瞬で見分けられること」だと本気で思っている。悲しいけど、これが現実。

その日も、私はいつものようにジャンクショップに行く途中だった。安売りのネギをぶら下げた主婦と、よれよれのスーツのサラリーマンの間をすり抜けながら、ただ一人「今日こそいいマザボ来てろよ」と祈っている女。客観的に見れば危険人物である。

で、道端に落ちていたのだ。

ぽつん、と。

世の中に落ちていていい物と、落ちていちゃいけない物がある。千円札は拾って交番、スマホは拾って交番、そしてDDR2メモリは拾ってジャンク屋である。正確にはそれもアウトなのだが、良心よりもジャンク魂のほうが強く育ってしまった結果、私はそこでしゃがみこみ、手に取ってしまった。

一目見てDDR2だと分かった。いや、正確には「一目」というより「手触り」である。厚み、端子の長さ、基板の色、刻印のパターン。何百枚と区別していると、もはや視覚情報というより肌感覚になる。「あ、これ2だわ」と、ほとんど匂いで判断している気すらする。もし将来、嗅覚検査で「これはカレーの匂いですか、コーヒーの匂いですか?」の選択肢に「DDR2の匂い」が追加されたら、私は迷わず正解できる自信がある。

そのDDR2は、なぜかとても悲しそうに見えた。

もちろん、メモリに表情などない。せいぜいシールが曲がって貼られているかどうかくらいだ。それなのに、その一本の緑色の基板からは「もう疲れました……」みたいな波動が出ていた。疲れ果てたサラリーマンの背中のような、諦めと惰性のにおい。

通り過ぎるには忍びなかった。

落とし主に届けるべきなのかもしれないが、こんなものを落とす人間は、そもそも落としたことに気づかない。だってそうだろう。今どきDDR2だ。現役で大事にしている人間が、本当にこの世にどれだけいるというのか。ジャンクの山の奥の奥、底の底で、誰にも振り向かれないまま眠っている世代だ。

「……まあ、うん。拾うか」

私はひょいとそれを拾い上げ、ポケットに滑り込ませた。別に世界を救うような気持ちではない。ただ、ジャンクに関してだけ私は異様に情が深いのだ。人間相手には一ミリも発動しないのに。

その足で、いつものジャンクショップに向かった。カウンターの向こうには、いかにも人生に飽きた顔の店員がいる。彼は私のことを「毎回似たようなゴミを買っていく客」として認識しているはずだ。こちらとしても「毎回似たようなゴミを売りつけてくる店」として見ているので、おあいこである。

「すみません、これ、買い取りってできます?」

私は例のDDR2を差し出した。店員はちらっと見て、ふうん、という顔をした。

当時ですらDDR2は、ジャンク箱のさらに奥の層、地層でいうと第三紀あたりに相当する死蔵ゾーンの住人だった。正直、値段がつかなくても文句は言えない。

「うーん……まあ、一応、ね」

店員はしぶしぶ端末をぽちぽち叩く。しばらくしてレシートをぺろっと出し、投げるように言った。

「十円」

思わず二度見した。

十円。

あのDDR2に。

十円。

分かっている、分かっているのだ。十円という数字が、経済的には何の意味も持たないことは。自販機ですら相手にしてくれない額だ。でもジャンクの世界では話が違う。あの世代のメモリに値段がつくという事実は、「まだ、完全には見捨てられていない」という宣告でもある。

「……やるじゃん、お前」

私は心の中でメモリに話しかけた。

(いい人に拾われるんだよ)

祈りにも似た気持ちでそう念じて、レシートと十円玉を受け取った。

それが、五年前の話だ。

──で、今に戻る。

五年も経てば、普通の人間は就職したり、転職したり、結婚したり、子どもができたりするらしい。私はそのどれもしてない。代わりにやったことといえば、ジャンク箱を漁り続けて、DDR2とDDR3をより早く、より正確に見分けられるようになったことくらいだ。誰が得をするのかさっぱり分からないスキルアップである。

そんな私の家の玄関が、ある日、ドンドンと叩かれた。

インターホンなどという文明の利器は、うちにはない。いや、正確にはあるが、壊れている。いや、もっと正確に言うと、壊れたインターホンを分解して基板だけ取っておこうとしたところで面倒になり、「とりあえずまた今度やろう」の状態で五年放置されている。ジャンク屋で見かける「そのうち使うかも」箱の家庭内版が、玄関の横に常設されているのだ。

ドンドン。ドンドンドン。

やけにリズミカルなノックだ。宅配便にしてはうるさい。ヤマトの人はもう少し上品な叩き方をする。宗教勧誘でもない。あれはもっと、ねっとりした連打だ。これは、なんというか、クラブのフロアで流れている曲に合わせてノっているようなノックである。

嫌な予感しかしない。

「……どちらさまですか」

チェーンをかけたまま、扉を少しだけ開ける。そこに立っていたのは──平成二十一年ごろの空気をそのまま引きずり出してきたようなギャルだった。

金髪に近い茶髪、巻きすぎた毛先、前髪はガッツリ盛り、アイラインは攻撃的、ネイルはキラキラ、耳には大きすぎるピアス。全体的に、令和の街中で見るとコスプレに分類されそうな平成ギャル様式美である。だが、問題はそこではなかった。

「こんちわー。あの日助けていただいたDDR2メモリです」

第一声がそれだった。

私は一瞬、本気で扉を閉めかけた。反射神経というやつだ。

しかし、その前に脳のどこかが「待て」とブレーキをかけた。

──今、なんて言った?

「……えっと、すみません、もう一回いいですか?」

「だからぁ、あの日助けていただいたDDR2メモリです」

彼女は当然のように繰り返した。あの、宅配便です、くらいのテンションで。

「どちらさまですか?」

礼儀として聞いてみる。

何をどう聞いてもおかしくなるのは分かっていたが、他に言いようがなかった。

「DDR2ですが?」

ドヤ顔である。

人間世界の自己紹介として、規格名を名乗る女。私は思わず天井を仰ぎそうになった。

「……あの、DDR2って、あのDDR2ですか? デュアルデータレートの」

「他に何があるの? あ、いまあなたの記憶容量にDRAMしましたよね? ちゃんとアクセスして?」

さらっと怖いことを言われた気がする。

私の脳内のどこかに、勝手に読み書きされたような言い方だ。正直、ドアを閉めて110番したほうがいい案件である。だが、そうしなかったのには理由があった。

五年前、道に落ちていたDDR2メモリを拾ってジャンクショップに売った。その出来事を、私は誰にも話していない。家族にも、ネットにも、SNSにも、どこにも。なにしろ十円の話だ。ドヤるには安すぎるし、隠すほどの悪事でもない。だからこそ、完全に埋もれていた。

「……もしかして、五年前の?」

気づけば口が勝手にそう言っていた。

彼女はにっこり笑った。平成ギャル特有の、やたらと光量の高い笑顔だ。

「そう、それ。それそれ。それが私。あのときの路上生活中DDR2。拾ってくれて、ありがとね?」

軽い。ノリが軽すぎる。

あの、世界のどこにも居場所がなくて、アスファルトの上に一人取り残されていた、あの寂しい緑の基板と、目の前のギャルがどうしても結びつかない。だが、五年前の出来事をピンポイントで特定されてしまった以上、「頭のおかしい女がたまたま当てずっぽうで当てた」と片付けるには無理がある。

「ちょっと、待って。なんでそのこと知ってるの?」

私はチェーン越しに睨みながら聞いた。

彼女は「うーん」とわざとらしく首をかしげ、胸元のどこからかガラケーを取り出した。よりによってガラケーだ。平成の亡霊か。

「記憶ログだよ。ほら」

そう言って、私の目の前に画面を突き出す。

そこには、五年前のあの日の、あの道端の風景が映っていた。

アスファルト。影。私の足。しゃがみこむ動作。拾い上げられる基板。その一連の映像が、なぜかガラケー画質で再生されていた。

「ちょ、待ってそれ、何。盗撮? いやいやいや、これ私の視点じゃない?」

そう、映像は明らかに「落ちているDDR2」側の視点だった。地面スレスレの高さから見上げる私。近づいてくる手。拾い上げられた瞬間の揺れ。普通のカメラでは撮れない、ばかみたいな画角。

背筋がぞわりとした。

「だから言ったじゃん。あの日助けていただいたDDR2メモリです、って。私のログ。まあ、途中でだいぶ破損したけどねー。ピン折れとか、投げつけられたりとか、手裏剣にされたりとか」

「手裏剣?」

「うん。説明すると長いけど……あ、そゆのはあとででよくない? とりあえずさ、寒いし、中入っていい?」

彼女は当然のように一歩前に出た。

私は反射的にチェーンをつかむ。思わず言う。

「いやいやいやいや、待って。私の家、汚いから」

「DDR2以下?」

「それはさすがに人権侵害だと思う」

「じゃあいいじゃん。DDR2以下の部屋にはDDR2が似合うんだって」

何一つ論理的ではないのに、なぜか押し切られそうになる。この押しの強さ、やはり規格外である。

「本当に、あのDDR2……なの?」

自分でもバカみたいだと思いながら、もう一度だけ確認する。

彼女は少しだけ真面目な顔になって、うなずいた。

「うん。あの道で、誰にも踏まれずに放置されてたDDR2。あなたが拾ってくれなかったら、たぶんあのまま雨に濡れて錆びて終わってた。拾ってもらって、ジャンク屋で十円になって、変なおじさんに買われて、無理やり刺されて、折られて、手裏剣にされて、柱に激突して、パキッて逝って──で、今ここ。恩返しに来ました」

一文一文が情報量の暴力だ。

特に「十円になって」のところで、心臓がぎゅっとなった。あれは、私にとっては「ジャンクでも値段がついた奇跡」だったが、彼女にとっては「全ての悲劇のスタートライン」でもあったわけだ。

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