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異世界ママ活始めました〜精霊王の娘(9歳)が養ってくれる件〜

第一章:プリンの中に母がいた。

俺が最後に見たものは、プリンだった。

つやつやしていた。わずかに溶けたカラメルが、側面に垂れている。底からにじみ出る甘い液体は、まるで――そう、母乳のようだった。いや、ちがう。母乳を知ってるわけじゃない。でも、たぶん、そういうニュアンスだ。

「おい、ケンジ。そろそろハロワ行けって言っただろ!」

壁の向こうから、父の声。生身の肉声ではない。あれはLINEのボイスメッセージだ。録音だ。父はもう、俺と生で話すのが怖くなってる。

俺はプリンにスプーンを突き立てる。とろりと崩れるその中に、ふと小さな光が見えたような気がした。いや、錯覚か? まあいいや。腹に入れば一緒。

スプーンを口に運ぶ瞬間、脳裏にある記憶が蘇る。

「ケンジ、これ、お母さんが作ったのよ」

あれはもう20年前のことだ。そう、母は自家製プリンを作ってくれた。ちょっと焦げてた。固めだった。でも、温かかった。母はあの夜、台所で泣いていた。理由は聞かなかった。でもたぶん、あの夜から俺の人生は、溶け始めていたのかもしれない。

ぐちゃ、とプリンを飲み込む。

口の中が甘さで満たされる。その瞬間、俺はなぜか泣いていた。感情がよくわからない。ただ、甘い。優しい。なんでだ。なんで今さら。プリン食っただけで。意味がわからん。

そして、トラックが俺を轢いた。

いや、どこから来たんだよあのトラック。玄関を出た覚えはない。家の中だぞ? というか俺は六畳一間のアパートでプリン食ってただけだぞ? なぜか床がアスファルトに変わり、前方から大型車が猛スピードで突っ込んできた。

意味が、わからない。

ブレーキ音すらなかった。ただ、衝撃だけがあった。

そして、世界が反転する。

目を開けると、空だった。

どこまでも青い空。雲が速い。鳥が喋ってる。「あいつ、当たりか?」「いや、また失敗じゃね?」とヒソヒソ声。

俺は立ち上がる。草原だった。全方向、見渡す限りの緑。北海道の観光CMより緑。視界の隅に、謎の字幕が浮かんでいた。

《【祝福】あなたは異世界転生に当選しました!》

うそだろ。プリン食っただけで異世界かよ。応募した覚えないんだが?

すると、上空から何かが降ってきた。

フリル。ピンク。やたら眩しい光。

そこにいたのは──9歳くらいの少女だった。白いワンピースに金の髪。目が虹色。どこのソシャゲの★7だよ。

「おかえりなさい、ケンジ。ママよ♡」

……は?

ママ? え、あんた誰? 9歳だよね? 俺、38歳童貞だけど。ママ? まじで言ってる?

「あなたは、私が選んだ“ママ活対象”第1号なの!」

少女は無邪気に笑う。だがその笑顔に、俺は底知れぬ狂気を感じた。明るすぎる。まぶしすぎる。こんな眩しいのは、人生で初めてだった。

「ちょ、待て。状況がついてこない。ここどこ? 誰? なんで? 俺、プリン食っただけなんだけど?」

「うん、それが“扉”だったの。あなたの口から、わたしの世界へ繋がる“母性のワームホール”が開いたのよ♡」

……論理飛躍しすぎて、頭が追いつかない。

「そもそも……なんだよ、“ママ活対象”って」

少女は天を指差す。

「この世界では、“どれだけ誰かを甘やかしたか”で人格レベルが上がるの。名誉、地位、魔力、寿命、すべて“尊みポイント”で決まるのよ」

「それって……甘やかしたもん勝ちってこと?」

「そうよ♡ だから、あなたを甘やかせば甘やかすほど、わたしは偉くなるの!」

なんだそれ。狂ってる。だが、どこかで納得している自分がいる。「ああ、だから俺が選ばれたのか」と。

だって俺は、38年間、何も得てこなかった。誰にも愛されなかった。

そんな俺が、今、誰かに甘やかされる? 世界の王女に? え、ちょっと、やばくない?

「ちなみに……甘やかされる側は、絶対に反抗しちゃダメ。『される側の美学』ってやつ。わかる?」

「うん……? わからんけど、わかる気がしてきた」

「よかった♡ じゃ、まずは“おやすみの抱っこ”から始めよっか?」

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