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俺の手から聖女が出てくるんだが?  フェザーライトノベル7

第一章 どうして一人だけだと思った?

 リリエルが玄関で小さく手を振る。「いってらっしゃい、勇者さま」

「勇者じゃねぇって。俺はただの会社員だって」

 言い返しながらも、心のどこかがくすぐったい。だって、朝に「いってらっしゃい」を言ってくれる聖女が家にいるんだぞ? 人生の難易度がいきなりノーマルからイージーに下がった感じがする。

 そもそも始まりは一週間前だ。

 朝、寝ぼけて顔を洗っていた俺の手のひらが、急にぬるっと光った。蛍光灯の下で反射したとかじゃない。手のひらの中心が、ゲームの召喚陣みたいに円形に発光したんだ。

「うわっ、なにこれ、火傷!?」

 次の瞬間、ぽんっ、って音がして、そこから女の子が出てきた。

 出てきた、って何だよ。おかしいだろ。手は出口じゃない。人体の構造をなめるな。

 なのに、出てきた。現実が先に「はい、そういう仕様で~す」って押し付けてくるタイプのやつ。

 彼女は床にぺたんと座り込み、白いローブの裾を握りしめたまま、目をぱちぱちさせていた。髪は淡い金、瞳は澄んだ水色。いかにも「聖女です」って顔。いや、顔に職業が出てる。

「……ここ、どこですか……?」

「俺の、洗面所」

「せんめん……じょ……?」

 見たこともない言葉を聞いたみたいに首をかしげる。可愛い。可愛いが、俺はそれどころじゃない。

「おい待て待て待て。なんで俺の手から人が出てくるんだよ。理由は?」

「りゆう……?」

「そう、理由! 原因! 仕様の説明! チュートリアル!」

 彼女は困ったように笑って、小さく胸の前で祈るポーズをした。

「すみません。わたしも……わからないです」

「知らんのかい!」

 それでも、生活は回り始めた。いや、回りすぎた。

 リリエル――そう名乗った彼女は、最初は泣きそうな顔でオロオロしていた。だけど三日目には冷蔵庫を開け、「この箱は氷の魔道具ですか?」と言い、五日目には洗濯機の前で「水属性の精霊が中で回ってますね?」と真顔で分析し、七日目には完全にこの世界の住人みたいになっていた。適応力が強すぎる。聖女って、環境対応もスキルなのか?

 何よりヤバいのが回復魔法だ。

 仕事に行く前、彼女が軽く指先で俺の額に触れる。「ちょっと、癒やしますね」

 すると、体の芯に溜まっていた疲れが、すっと抜ける。眠気も、肩こりも、謎の焦燥感も消える。

 酒を飲んだときの「ごまかし」じゃない。ちゃんと根っこから直してくる。ズルだろこれ。世の中の整体師とマッサージ師と栄養ドリンク会社に謝れ。

 俺はその状態で会社に行った。

 すごかった。頭が冴えすぎて、会議の議事録が勝手に脳内で整理されていく。上司がふわっと投げた「これ、なんとかならん?」が、俺の中で瞬時に工程表に変換されて、部下の手配まで一発で決まる。

「お前、今日どうした? 覚醒したのか?」

「いや……睡眠の質が……」

 嘘だ。睡眠の質だけでこうはならない。聖女の手が入ってる。

 でも、もっとヤバいのはバフだった。

 ある日、リリエルが申し訳なさそうに言った。

「回復だけだと、勇者さま……いえ、ご主人さまが危ないかもしれないので、防御の祝福もかけておきますね」

「危ないって何が?」

「……この世界は、鉄の魔獣が走っていると聞きました」

「車だろ」

 そして彼女は、さらっと言った。

「防御力、三万倍くらいで」

「さらっと言うな!」

 三万倍ってなんだよ。数の単位がゲームなんだよ。防御力って何。現代の防御力って何。俺の防御力、もともといくつなの。1? 5? それが三万倍で、三万? 十五万? いや倍率だから、元が2でも六万になるのか? どうでもいいが、とにかく「やりすぎ」という言葉が辞書を引き連れて抗議に来るレベルだ。

 実際、効果を実感したのは翌日だった。駅のホームで人に押されて、つまずいた俺は、柱に肩をぶつけた。

 ゴンッ。

 痛みが来ない。肩も平気。代わりに、柱の角がちょっと欠けてる。

「え」

 俺、今、柱に勝った?

 攻撃力も同じだけ上げられるらしいが、現代社会に攻撃力は要らない。っていうか、要ったら終わりだ。俺が社会にとってモンスターになる。だから俺は「防御だけで」と頼んだ。リリエルは素直にうなずき、「わかりました」と言った。聖女、いい子すぎる。やばい。守りたい、この笑顔。

 そんな俺の生活は、一週間で「普通」に近づいてしまった。普通ではないはずなのに、人は慣れる。

 夜、仕事から帰ると、部屋に灯りがついている。玄関を開けると、ぱたぱたと足音がして、リリエルが顔を出す。

「おかえりなさい!」

 俺はその瞬間、訳のわからない幸福で脳が溶けそうになる。

「ただいま……」

 この会話、完全に家庭じゃん。俺、異世界転生してないのに、異世界転生したみたいな生活してる。

 夕飯は、彼女が覚えたレシピで作ったオムライスだった。ケチャップでハートが描いてある。誰が教えた。ネットか。ネットは人を堕落させるが、これは良い堕落だ。

「どうですか? 勇者さまの……えっと、ご主人さまの世界の料理」

「うまい……いや、うますぎる。聖女、料理までできるのか」

「聖女は、だいたいなんでもできます」

 万能かよ。俺、こんなチートを手に入れていいのか。世界のバランスおかしくなるだろ。

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