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女騎士さん、俺の人生を破壊してしまう フェザーライトノベル9

第一章 河川敷で拾った398円+税

 子どものころに聴いていた音楽を流すとメンタルに効くらしい。

 そんな記事をスマホで読んだ。読んだはずなのに、俺の脳内は勝手に翻訳を始める。

「子どものころにやってたことをやれば効くのでは?」

 自分で自分の厄介さに笑ってしまう。俺は昔から、人の言うことを素直に受け取れない。アドバイスをもらうと、別の形に変換してしまう。人生のショートカットが提示されると、わざわざ遠回りして崖から落ちるタイプだ。

 そのくせ崖の下で「俺って不器用だな」とか言っている。救いようがない。

 だから今日は、河川敷を歩く。

 子どものころ、エロ本を探しに行った河川敷を。

 もちろん、今さら紙のエロ本が落ちてるわけがない。コンビニの棚からも消えた。だからこれは収穫目的じゃない。散歩療法みたいなものだ。たぶん。

 冬の水は黒く、流れは淡々としている。犬を散歩させる人、ランニングする人、ベンチで缶コーヒーを飲むおっさん。平和だ。

 その平和の中で、俺だけが草むらの縁をきょろきょろ歩いている。あの頃の俺と同じ目で。

「音楽を聴けって話だったのに、結局これ。俺はどうしてこう……」

 靴で枯れ草を軽く蹴った。

 乾いた音がして、何かが転がり出た。

 文庫本。カバーがない。表紙がむき出しで、角が丸くなっている。

 タイトルだけが、やけにくっきり残っていた。

『女騎士召喚』

 俺は二秒固まった。女騎士。召喚。河川敷。情報が渋滞して、脳が一回フリーズする。

「……あったーーー!」

 思わず声が出た。何が“あった”のか自分でも曖昧だが、とにかくイベントだ。河川敷で、カバーの取れた文庫本を拾った。これはもう運命ってやつだろ。たぶん。

 裏表紙を見る。

 398円+税。

 妙に現実的な数字が、ファンタジーを台無しにしてくる。召喚と398円が同じ紙面に並ぶのは反則だ。税ってなんだよ。

 ページをぱらぱらめくる。絵はない。文字だらけだ。官能小説っぽい雰囲気はある。……気がする。俺はそういうのをまともに読んだことがないから、雰囲気で判定しているだけだ。

「まあ……縁だ。縁。俺は縁を大事にする男だからな」

 自分で言って笑った。縁を大事にする男は河川敷でエロ本を拾わない。

 でも拾ったものは仕方ない。俺はその本をバッグに入れて帰った。

 夜。部屋。灯り。ひとり。

 布団の上で文庫本を開く。

 ……官能小説ではなかった。

 いや、官能的な単語がゼロではない。「女騎士」という単語が、どこか禁忌の香りを放っている。でも、この本がやっているのは別の方向の禁忌だ。

『助けを求める者は女騎士を召喚するべし』

 いきなり命令形。

 読み進めると、儀式の手順が淡々と書かれていた。魔方陣の描き方。線の太さ。方角。供物の種類。詠唱の発音。

 途中に挿絵のスケッチがあった。

 剣を地面に突き立てて立つ女騎士。鎧。風。光。ここではないどこか。そしてめっちゃ美人だった。

 俺の脳内で、何かがカチッと接続された。

 あ、これ、エロだ。

 あけすけに言おう。エロが俺を動かした。

 たぶん人類史の半分くらいはエロで動いている。残り半分は腹と睡眠だ。つまり俺は人類の流れに乗っただけだ。俺は悪くない。

「……やるか」

 供物のリストを見て、俺は首をかしげた。

 白のチョーク。

 干しシイタケ。

 魚の干物のひれの部分。

 昆布(干したもの)。

 乾いた白い紙。

 乾いたチーズ。

 etc...

「乾きもの縛り……? 召喚されるのは干物女なのか?」

 俺の人生のほうが干からびてるだろ、と思いながら、近所のスーパーへ行った。干しシイタケと昆布とチーズを買い、ついでに干物も買う。ひれだけ欲しいのに干物は一匹単位で売ってる。現代社会の包装は不便だ。

 帰宅して、キッチンでひれの部分をちぎった。罪悪感がすごい。俺は何をしているんだ。

 干物の残りはラップに包んで冷蔵庫へ入れた。俺の冷蔵庫はいつもスカスカなのに、今日に限って“召喚用の魚”が鎮座している。人生ってそういうもんだ。

 部屋に戻って本を読み返すと、やっぱり「女騎士」である必要性がまったく説明されていない。騎士が必要なら、ガチムチのヒゲ面でいいだろう。いや、世界を救うのはゴリラみたいな騎士のほうが安心感がある。なのに女騎士。完全に作者の趣味だ。

 そして今、その趣味の尻拭いをするのが俺というわけだ。いや、尻拭いじゃない。俺も趣味だ。だからイーブン。俺は悪くない。

 それでも一応、理性が抵抗する。

「待て。これ、ただのネタ本じゃないのか? 河川敷に捨てられてた時点で怪しい」

 その想像がリアルすぎて、背筋が少し寒くなる。俺は暖房をつけた。現実的な対策は大事だ。

 床に描く前に、俺は雑巾でフローリングを拭いた。魔方陣が神秘的に光るなら、せめてホコリはないほうがいい。神様も清潔感は好きだろう。たぶん。

 あと、念のためスマホのライトを消した。呪文の途中で通知が鳴って「ポイント還元祭!」とか出たら、さすがに興醒めだ。異世界の神々にまで広告を見せるのは申し訳ない。

 深夜0時。

 俺は床に白いチョークで魔方陣を描いた。賃貸のフローリングに。正気か。

 円は歪み、線はガタガタだ。俺の人生みたいに。

 供物を並べる。干しシイタケ、昆布、干物のひれ、コピー用紙、チーズ。

 乾燥した匂いと魚の匂いが混ざる。神秘というより台所だ。

 そして呪文。

 やたら発音しにくいカタカナが並んでいる。作者の趣味が悪い。いや、女騎士召喚の時点で趣味が悪い。

「……エル、グラディ、ノル、……ええい!」

 舌がもつれる。噛む。噛むたびに恥ずかしさが増える。誰にも見られてないのに顔が熱い。

 最後のフレーズだけは、なぜかスムーズに出た。

「——我、救いを求む! 女騎士よ、来たれ!」

 ……その瞬間だった。

 魔方陣が光った。

 チョークの線が発光し、供物が乾いた音を立てて燃え、風が部屋の中に巻き起こる。カーテンがばさばさ揺れ、紙が舞う。干物の匂いが焦げた匂いに変わる。

 俺は反射的に後ずさった。

「おい嘘だろ……398円+税で……?」

 光が一気に強くなり、衝撃が走った。視界が白に塗りつぶされ、耳がキーンとなる。俺は目を閉じた。閉じても意味がないくらい世界が眩しい。

 そして——静寂。

 目を開くと、そこに“いた”。

 挿絵詐欺だ……!

 鎧はある。けど神々しくない。眉が強い。目が強い。口がすでに文句を言う形をしている。剣は持っていない。代わりに、不機嫌さだけを携えている。

 彼女は俺を睨み、低い声で言った。

「お前は誰だ。私はどうしてここにいる」

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