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ニュートン入門 科学者入門シリーズ4
第一章 孤独な少年から“計算する怪物”へ
ニュートンという名前を聞くと、多くの人はまず「リンゴが落ちて万有引力を思いついた人」を思い浮かべる。けれど、もしそれだけで終わってしまうなら、ニュートンは“賢いひらめき屋”でしかない。本当に重要なのは、彼がたった一回のひらめきで世界を変えたのではなく、もっと地味で、もっと執拗で、もっと孤独な積み重ねによって、世界の読み方そのものを作り替えたということだ。第一章では、その土台になる「ニュートンという人間」を、神話ではなく、手触りのある存在として見ていく。
ニュートンは生まれながらにして恵まれていたわけではない。むしろ最初から、世界に歓迎されていないような位置にいた。父親は彼が生まれる前に亡くなり、母親は再婚して、幼いニュートンは親元から離れた生活を送ることになる。ここで大事なのは、これが単なる不幸話ではなく、ニュートンの思考の癖に深く関わっているらしいことだ。人に甘える回路が弱くなると、人は別の場所に“支え”を探す。ニュートンの場合、それが人間関係ではなく、物や仕組みや法則だった。人は裏切るが、数式は裏切らない。気分によって態度が変わる友人より、いつでも同じ答えを返してくる計算の方が、よほど信頼できたのだろう。
少年時代の彼は、目立つ天才というより、内側で燃えているタイプだったと言われる。学校では必ずしも優等生として無敵だったわけではなく、むしろ周囲との摩擦や孤立が目立つ。ここでよく語られる逸話がある。クラスメイトに侮辱されたり、争ったりしたことをきっかけに、彼は成績で相手を叩きのめすように学び始めた、という話だ。これが事実としてどこまで正確かはさておき、ニュートンの性格を説明する材料としては妙にしっくりくる。彼は争いを避けることで平和を保つタイプではなく、争いを“勝ち”に変換することで心の秩序を取り戻すタイプだった。感情は理性で抑えるのではなく、理性の装置に変えてしまう。そういう感じだ。
この人の怖いところは、集中の仕方が普通じゃないことだ。勉強をする、というより、対象に取り憑かれる。興味を持った瞬間、世界はそのテーマ一色になる。そして、その状態が長く続く。これは才能というより、性質だ。誰でも一時的に熱中することはあるが、ニュートンは熱中が“住みか”になってしまう。人と話していても頭の中では別の計算が動いているような、そういう危うさがある。そのぶん、彼が何かを理解したときの深さはとんでもない。表面の説明で満足せず、なぜそうなるのか、どうしたら必然として言えるのか、どこまで一般化できるのかを追い詰める。詰めすぎて、本人が倒れそうになるほどだ。
彼がケンブリッジ大学に入った頃、ヨーロッパでは科学の空気がすでに変わり始めていた。自然を理解するためには、古典の権威ではなく、観察や実験や数学が必要だ、という気分が広がっていた。ガリレオの運動の研究、デカルトの機械論的な世界観、ケプラーの惑星運動の法則。世界はもはや「意味でできている」のではなく、「関係でできている」のではないか。言い換えると、自然は物語ではなく、構造として読めるのではないか。ニュートンはこの潮流のど真ん中に入っていくが、彼の凄さは、時代の波に乗っただけでは終わらないところにある。彼は波に乗るのではなく、波そのものの式を書いてしまう。
ここで一つ、ニュートンにとって重要だった“孤独”について考えたい。孤独というと、かわいそうとか、寂しいとか、そういう感情の話になりがちだが、ニュートンの場合はもう少し機能的な意味がある。孤独は、思考が外部のノイズから守られる状態でもある。誰かと仲良くするには調整が必要で、調整にはエネルギーがいる。ニュートンはそのエネルギーを人間関係に振り向けず、理解のために使った。だから孤独は彼の痛みであり、同時に武器でもあった。そして武器である以上、彼はそれを手放しにくい。人付き合いが苦手だっただけでなく、苦手であることが成果と結びついてしまった。こうなると、孤独は癖になる。孤独でいることで強くなれるなら、ますます人から離れる。天才の生活の歪みは、だいたいここから始まる。
ニュートンが後に見せる、あの異様な執念深さも、この構造で説明できる。彼は人を許せない。批判や反対に対して、穏やかに受け流すより、徹底的に勝ちにいく。これも子どもっぽいと言えば子どもっぽいが、彼の中では世界は“曖昧なまま共存する場所”ではなかったのだろう。曖昧さは不安であり、秩序の欠如だ。秩序が欠けているなら、埋めなければならない。人間関係のズレも、理論の穴も、放置できない。放置できないからこそ、彼は埋める。そして埋め方が、人間的な和解ではなく、知的な制圧になりがちだ。
ただ、ここで誤解してほしくないのは、ニュートンが冷たい機械みたいな人だった、という単純な話ではないことだ。むしろ逆で、彼は感情が強い。怒りも、誇りも、嫉妬も、恐れも、全部濃い。濃いからこそ、それを制御するための装置が必要だった。その装置が数学であり、法則であり、証明であり、実験であり、記録であり、体系だった。ニュートンは理性によって感情を消したのではなく、感情を燃料にして理性のエンジンを回した。だから彼の仕事には熱がある。冷静な整理ではなく、世界をどうしても一つの形にまとめたいという、ほとんど宗教的な渇望が感じられる。
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