うしPのサイト
文学・思想の一丁目一番地
ダーウィン入門 科学者入門シリーズ6
ダーウィン以前の「生き物観」
ダーウィンが登場する前、人々は生き物をどう見ていたのか。ここを押さえると、進化論が「新しい説が一つ増えた」程度ではなく、世界の見え方そのものを変える出来事だったことが分かる。ダーウィンが戦った相手は、誰か一人の学者ではなく、当時の常識そのものだった。だからこそ、彼の理論の価値は「正しかった」だけでなく、「なぜその時代に必要だったのか」という背景とセットで立ち上がってくる。
当時の基本感覚は、種は固定している、というものだった。犬は犬、鳩は鳩、オオカミはオオカミ。環境が変わろうが、世代を重ねようが、種の本質は変わらない。せいぜい個体差や地域差はあるが、それは同じ型の中の揺れに過ぎない、という感覚である。この感覚は単なる宗教的な思い込みではない。日常の経験に照らしても、家の周りの動物は急に別の生き物へ変わったりしないし、親子は似る。人々が何百年と見てきた自然は、変化よりも反復の印象を強く残す。しかも、化石の意味もまだ十分に解釈されていなかった時代、地球が想像を超える長い時間を持つという視点自体が、まだ広く共有されていなかった。時間が短ければ、大きな変化は起こりようがない。固定種観は、宗教と結びつきながらも、経験と当時の科学の条件に支えられていた。
加えて、西欧世界では「自然は秩序だった体系である」という信念が強かった。神が創った世界は、合理的で、整っていて、分類できるはずだ。自然史の研究者たちは、神の意図を読み取るように、生き物を集め、名前を付け、特徴で分類し、標本を保存した。いま私たちが当たり前に使っている生物分類の土台は、この時代に整備された部分が大きい。代表的なのがリンネの分類体系である。生き物を属・種といった階層に分け、二名法で命名し、世界を整理する。重要なのは、分類が「進化の系図」を意図していなかった点だ。分類は、似ているもの同士を近くに置くための棚づくりであり、血縁関係の仮説ではない。棚がきれいに整理されるほど、人々は「自然は最初からこの形で出来上がっていた」という感覚を強めていった。
とはいえ、ダーウィン以前に「変化」を考えた人がいなかったわけではない。生き物が環境に応じて変わっていくのではないか、という発想は、古代から断片的に存在する。近代において重要なのはラマルクの考え方だ。ラマルクは、生き物が必要に応じて器官を発達させ、使わない器官は退化し、その獲得形質が子に伝わる、という筋道で生物の変化を説明した。首を伸ばして葉を食べるキリンは、首が伸び、その性質が子へ伝わる。直感的で分かりやすい。だが、この説明には弱点があった。第一に、変化の方向が「必要」や「努力」に依存していて、自然界の冷酷さが十分に織り込まれていない。第二に、獲得形質が遺伝するという前提は、後に強く疑われることになる。そして第三に決定的なのは、ラマルクの理論が、観察事実を網羅するほどの強度を持っていなかったことだ。人々が納得するためには、魅力的な物語だけでは足りない。例外だらけの自然を、例外ではなく必然として説明できる骨格が必要だった。
さらに、ダーウィン以前の科学には、地球そのものへの理解が揺れ動く過程があった。地質学の発展は、進化論の前提条件を作ったと言っていい。もし地球が若いなら、種が大きく変化する余地は少ない。しかし地球が古いなら、変化の舞台は一気に広がる。ハットンやライエルの地質学は、地形が長い時間をかけて形成されるという視点を提示し、劇的な天変地異だけで世界を説明する考え方に対抗した。特にライエルの影響は大きい。ダーウィンがビーグル号に乗る際、ライエルの著作を携えていたことはよく知られている。地層は静かに積み重なり、侵食は少しずつ進み、時間は気の遠くなるほど長い。そう考えると、自然の変化は「あるかないか」ではなく「どれほどの時間があれば起こりうるか」に変わる。ダーウィンの進化論は、生物学だけで完結したものではなく、地球観の更新と共鳴して成立した。
ただし、時間が長いだけでは進化は説明できない。長い時間があるから変わる、では、なぜ変わるのかが空白のままだ。ここにダーウィン以前の最大の壁があった。変化の可能性を感じる材料は集まりつつあるのに、その変化を駆動する仕組みが見えていない。個体差はある。しかし、その個体差がどのように積み上がっていくのか。偶然なのか、必然なのか。目的があるのか、ないのか。特に「適応」は厄介なテーマだった。鳥の翼や魚の鰭のように、機能にぴったり合った形は、目的論的な説明と相性が良すぎる。便利だから作られた、役に立つように設計された、と言えば話が早い。だがそれは説明というより、説明を終わらせる言葉でもある。目的を持ち込めば、問いは止まる。ダーウィンの時代に必要だったのは、目的を持ち込まずに、目的のように見えるものを生み出す仕組みだった。
うしPのページに戻る