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アインシュタイン入門 科学者入門シリーズ8
第1章 アインシュタインってどんな人?
アインシュタイン、と聞いて多くの人の脳内に最初に出てくるのは、髪が爆発した肖像と、世界でもっとも有名な式のひとつ、E=mc²だろう。天才。相対性理論。時間が伸びたり縮んだりするやつ。つまり、頭のいい人。ここまでは誰でも知っている。だが、ここから先は急に霧が濃くなる。天才という言葉は便利で、説明を省略できる。省略したぶんだけ、世界はわかった気になる。アインシュタインが「天才」だった、で物語を閉じてしまうと、読者の中に残るのは尊敬ではなく、遠さだ。自分には関係のない場所で起きた出来事、という手触りだけが残る。
だから、最初にこの男を「天才」と呼ぶのを少しだけ保留しよう。天才とは、説明を諦めた人間が最後に投げる白旗でもある。アインシュタインは確かに常識の外側へ踏み込んだが、彼が最初から雲の上にいたわけではない。むしろ彼は、かなり長い間、雲の下で暮らしていた。研究室の王様ではなく、大学の正規ポストにすら就けず、特許局で働く、いわば「会社員」だった時期がある。ここが面白い。革命を起こした人間が、当時は世界の中心にいなかったという事実は、科学史を急に生身の話にする。
アインシュタインの人生を一枚の絵にするなら、中心にあるのは「孤独」だろう。孤独といっても、ロマンチックな孤高ではなく、もっと生活臭のする孤独だ。正規の研究職に就けない焦り、金の心配、家庭の事情、そして学界の空気に馴染めない感覚。彼は学生時代から反抗的で、教師にとって扱いづらいタイプだったとも言われる。もちろん、それだけで偉大になれるわけではない。反抗的な人は世の中にいくらでもいるし、むしろ大半は反抗したまま終わる。だがアインシュタインの反抗は、ただの性格ではなく、視線の置き方に根があったように見える。彼は権威に向かって拳を振り上げるのではなく、権威が見ていない場所を静かに見ていた。
特許局という職場は、科学史の中では妙な舞台だ。特許審査官の仕事は、発明の書類を読み、技術的に筋が通っているかを確かめることだ。つまり、世の中に出てくる膨大な「アイデアの断片」を、日々淡々と扱う。研究者のように最新の論文を追いかけるわけではないが、現実の技術の匂いに触れ続ける。そして勤務時間が終われば、机の上には自分の思考だけが残る。派手な設備も権威もないかわりに、思考の自由がある。彼が特許局の時間をどう感じていたかは一言では言えないが、少なくとも「理論の純粋さ」と「技術の現実感」が同じ空気の中にある環境だったのは確かだろう。
アインシュタインの武器は、難しい数式より先に「思考実験」だった。頭の中で実験をやってしまうという、ある意味で乱暴な方法である。だが乱暴だからこそ、既存の枠が壊れる。たとえば「光と一緒に走ったら、光は止まって見えるのか?」という問いは、子どものように単純で、しかし当時の物理学にとっては危険な問いだった。危険というのは、答えが難しいからではない。答えが出てしまうからだ。もし光が止まって見えるなら、光は波として矛盾した姿になる。もし止まって見えないなら、時間や空間のほうを疑わねばならない。どちらに転んでも、教科書は無傷では済まない。
ここで重要なのは、アインシュタインが「思いつき」だけで飛んだのではないことだ。彼は、当時の物理が抱えていたズレを執拗に見つめていた。物理学は十九世紀の終わりには、ほとんど完成した学問だと思われていた。古典力学と電磁気学があり、世界は巨大な時計仕掛けのように動く。ところが、時計の針が合わない場所があった。光の扱いである。観測と理論の間に、じわじわとした違和感が溜まっていた。多くの人は、違和感を「細部の調整」で済ませようとする。理論は強い。強い理論は、多少の異常を飲み込んでしまう。だがアインシュタインは、飲み込まれた異常のほうを気にした。胃の中で消える前の小骨を拾い上げるように、違和感のほうに目を凝らした。
彼のやり方は、ある意味で倫理的でもある。科学というのは、現象を説明するための言葉遣いを作る営みだ。にもかかわらず、説明がうまくいっているという理由で、説明されない部分を見ないふりをすると、言葉は腐る。アインシュタインは、言葉の腐敗を嫌った人だと思えば、彼の姿は急に近づく。彼が特別だったのは、天才的なひらめきというより、「見ないふりができない」という体質だった。これは才能というより、呪いに近い。
もちろん、そんな体質を持っていても、世界が振り向かなければ歴史には残らない。アインシュタインの幸運は、彼の時代がちょうど「世界観の更新」を必要としていたことだ。旧い枠組みがギリギリまで引っ張られ、もう一歩で裂けるところまで来ていた。そこに、裂け目を怖がらずに指を入れる人間が現れた。裂け目を広げれば、布は破れる。破れた布は、もう元には戻らない。だが布が破れなければ、新しい服は作れない。科学史の革命は、だいたいこの残酷さでできている。
アインシュタインを理解するために、もうひとつ大事な要素がある。それは「孤独な天才が一人で世界を変えた」という物語が、半分は嘘だということだ。彼には仲間がいた。研究室の同僚ではないかもしれないが、議論の相手がいた。手紙があり、議論があり、批判があり、誤解があり、それらが彼の思考を研いだ。科学は、最終的には共同体の承認によって成立する。どれほど美しい理論でも、誰も検証せず、誰も引用しなければ、ただの個人的な詩で終わる。アインシュタインは詩人でもあったが、同時に共同体に投げる言葉を選ぶ人でもあった。孤独でありながら、他者の目を意識していた。その緊張が、理論の輪郭を鋭くした。
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