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ジュール入門 科学者入門シリーズ28

第一章 ジュールって誰?――「熱も仕事も同じコイン」おじさん

ジェームズ・プレスコット・ジュールという名前を聞いて、「ああ、単位の人ね」と思ったあなた。だいたい合ってる。だけどそれは、あなたが“結果だけ知ってる”側の人間だからだ。ジュール本人は、結果をポンと出した天才というより、しつこさで世界のルールを書き換えたタイプだ。科学の歴史には、空を飛ぶ鷹みたいな発想の人もいる。でもジュールは違う。地面を這って、同じ場所を何度も往復して、最後に地面そのものの地図を描き直した。

ジュールが生きたのは十九世紀、イギリスの産業革命の真っただ中だ。工場がうなり、蒸気が噴き、機械が働き、人間がその機械に合わせて生活するようになっていく時代。いまの感覚で言えば「効率」の神が現実に降りてきて、街じゅうを支配し始めたようなものだ。熱はどこにでもある。蒸気機関は熱で動く。なのに当時、熱というものは、いまほど“整理された概念”ではなかった。熱は熱で、暑いとか温かいとか、そういう感覚の近くに置かれていたし、理論の世界では「熱素(ねっそ)」という、熱の粒みたいなものが物体に入ったり出たりする、と考える人も多かった。いまから見れば「熱が物質?」とツッコミたくなるけど、当時はそれが真面目な科学だった。水が入ったコップを想像してみるといい。熱素説は、熱も水みたいに“入っている量”がある、と考える。温めれば入る。冷やせば出る。世界はわりと説明できてしまう。だからやっかいだ。

ジュールの凄さは、その“わりと説明できてしまう世界”に、数字で殴り込んだことにある。熱は気分じゃない、測れる。しかも、測ったら面白いことが分かる。熱は、仕事と交換できる。ここで言う「仕事」は、会社の仕事じゃない。物理の仕事だ。力を加えて物を動かすこと。重りを持ち上げる、バネを縮める、押す、引く、回す。そういう「運動を起こすための支払い」のことを、物理は仕事と呼ぶ。ジュールは言う。「熱」と「仕事」は別物じゃない。同じ種類のものの形が違うだけだ、と。いまの言葉で言えば、どっちもエネルギーだ。つまり、財布の中の千円札と五百円玉みたいな関係だ。形は違うが、同じ価値として換算できる。これが、当時は革命だった。なぜなら、それが本当なら、世界の色々な現象が、ひとつの“会計ルール”でつながってしまうからだ。

ただし、こういう大きな主張は、言うだけなら誰でも言える。問題は、信じさせること。科学の世界で信じさせる方法はだいたい二つだ。美しい理論で納得させるか、嫌になるほどの実験で黙らせるか。ジュールは後者を選んだ。しかも、職業科学者というより、工業と結びついた現場寄りの人間として。ジュールの背景には、家業の醸造(ビール造り)や、実業の空気がある。だからこそ「熱をどう扱うか」が、生活とつながっていた。蒸気機関の効率は金の話に直結する。熱がムダになる、というのは、札束が燃えているのと同じだ。理論の上で正しいだけじゃ足りない。現場で効く形にしたい。そういう匂いがジュールにはある。

ここで大事なのは、「産業革命があったからジュールが必要だった」という単純な話ではない、という点だ。産業革命は熱を大量に使う文明を作った。だから熱の理解は重要になった。これは確かだ。でも逆に言えば、熱が重要なのに、熱の正体がフワッとしている状態は、文明全体が砂の上に立っているようなものになる。ジュールはそこに杭を打ち込んだ。熱を“測れるもの”にしたというのは、ただの学術的な整理ではない。世界の足場を固めたってことだ。

それにしても、なぜジュールは「熱を測ろう」と思ったのか。ここが面白い。人間って、見えないものはだいたい神秘にして放置する。幽霊とか運命とか、そういう方向に逃げる。熱も一種の“見えないもの”だ。触れれば分かる。だけど中身が見えない。だから、人は勝手に物語を足す。熱素という“粒”を仮定すれば、それっぽく説明できる。そこで止まってしまう。ジュールは止まらない。「それっぽい」じゃ足りない。どれだけの仕事をしたら、どれだけ温度が上がるのか。摩擦で温める場合でも、電流で温める場合でも、同じ交換レートが出るのか。そういう形で、熱を現実の会計帳に引きずり出そうとした。

あなたが日常で“熱と仕事の交換”を実感する場面を挙げるなら、手をこすってみるといい。寒い日に手をこすると、温かくなる。あれはまさに、腕の筋肉がした仕事が、熱に変わっている。あるいは、自転車のブレーキ。坂道でブレーキを握り続けると、金属が熱くなる。運動のエネルギーが摩擦で熱に化けている。だから本当は、ジュールの主張は直感と相性がいい。ただ、人間は直感で分かっていても、数で固定しない。固定しないから、世界のルールとしては弱い。ジュールは直感を数字に変えて、逃げられない形にした。逃げられないっていうのは重要だ。数は冷たい。冷たいが、ウソを許さない。詩的じゃないが、文明を動かす。

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