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ボルタ入門 科学者入門シリーズ29
第一章 ボルタ以前:電気は「見世物」だった
電気、と聞くと君はたぶんスマホの充電やコンセントを思い浮かべる。つまり「いつでも使えて、黙って働く便利な奴」だ。だがボルタが生きた十八世紀の終わり、電気はまだそのポジションにいない。電気はどちらかというと、怪しいサーカスのスターだった。キラッと光って、バチッと鳴って、人を驚かせて、すぐ消える。役に立つかどうかは二の次で、まず面白い。科学というより娯楽。真面目な顔で言うが、当時の電気はかなりチャラい。
始まりは摩擦電気だ。ガラスを布でこする、琥珀をこする、そうすると紙くずが吸い寄せられたり、火花が飛んだりする。現代の人間が冬にドアノブで「うっ」となる、あれの親戚である。つまり電気は最初、「こすったら出る不思議な力」として人々の前に現れた。しかもその不思議は手軽で、目に見える。紙が動く。髪が逆立つ。火花が走る。なんなら人間を輪にして手をつながせ、一気に放電して全員をビクッとさせる遊びまで流行った。これ、笑い話じゃない。ヨーロッパのサロンで本気でやっていた。貴族が。科学の黎明期、電気はパーティ芸として歓迎されていたわけだ。歴史は時々、品がない。
ただし、ここで大事なのは「見世物だったから価値がない」ではない。むしろ逆だ。見世物は人を集める。人が集まると金が集まる。金が集まると道具が発達する。そして道具が発達すると、見世物が実験に変わる。電気はその道を歩いた。科学の進歩って、だいたいこんな感じで、最初はふざけた入口から始まる。高尚な理念で始まったものなんて、むしろ少ない。
電気を「ためる」発明も革命だった。摩擦電気は派手だが、すぐ消える。瞬間芸で終わる。それを変えたのがライデン瓶だ。瓶の内側と外側に金属を貼り、そこに電気をため、必要なときに放出できる。これが出たことで、電気は「一瞬だけの奇跡」から「扱える現象」へ近づいた。ためられるということは、繰り返せるということだ。繰り返せるということは、比較できるということだ。比較できるということは、科学になる。だからライデン瓶は、電気が“遊び”から“研究”へ行くための、かなり重要な橋だった。
とはいえ、それでも電気はまだ「火花の世界」にいた。強い放電、衝撃、光、音、びくっとする人体反応。目立つのはそこだ。電気の本質である「流れ続ける」という性格が、まだ主役になっていない。電気が流れ続けるには、単にためたものを放つだけでは足りない。常に押し出す力が必要だ。現代なら電池や発電機がそれを担う。でも当時は、そんな便利装置はない。だから電気を調べる人々は、どうしても火花やショックに引きずられがちになる。見えるもの、派手なもの、痛いものは、だれでも信じやすいからだ。人間の認知は、昔からそういうふうにできている。科学だけが高貴で、人間は愚か、みたいな話じゃない。科学も人間の営みなので、当然その癖を引きずる。
もう一つ、時代背景として見逃せないのは「生命」と「電気」が近づいていたことだ。電気は人体をびくっとさせる。筋肉が動く。つまり電気は生命を操れるように見える。ここから、生命の正体も電気なのでは、という誘惑が生まれる。誘惑、と言ったのは悪意ではない。むしろ自然な発想だ。人間は未知を見たとき、身近な枠に押し込む。生命の仕組みは当時ほぼ謎で、そこへ電気という新しい力が現れ、しかも筋肉を動かす。そりゃ「生命=電気か?」となる。これは科学というより、当時の知的空気だ。哲学と自然研究と医療とオカルトの境界が、今よりずっとあいまいだった時代の匂いである。
ここまでで、ボルタが登場する舞台は整った。電気は面白い。派手だ。ためられるようになった。人体を動かす。だからみんな夢中になる。夢中になると、いろんな説が出る。説が出ると、論争が始まる。そして論争は、実験の精度を上げる。まさに科学の筋トレタイムだ。
ただ、筋トレには負荷が必要だ。電気研究にとっての負荷は、「電気を安定して、好きなだけ、繰り返し出す方法がない」ことだった。摩擦電気は気分屋だ。湿度で変わる。材料で変わる。強さも一定しない。ライデン瓶はためられるが、ためた分だけしか出ない。要するに、電気を“供給”できない。供給できないというのは、研究にとって致命的だ。料理で言えば、火が安定しないのと同じだ。火力が毎回変わる台所でレシピを完成させろと言われても、成功するのは才能じゃなくて運である。科学を運ゲーにしないためには、安定した電源が必要だった。ボルタがやったことの核心は、ここに刺さっている。
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