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オーム入門 科学者入門シリーズ30
第一章 オームって誰だよ問題
オームの法則。V=IR。電気の授業で誰もが一度は見せられる、あの不機嫌な暗号みたいな式だ。覚えろ、計算しろ、以上。で、たいていの人はそこで終わる。けれど、この式は「天才が天啓で降ろした神の文字」みたいな顔をして、実際はもっと泥くさい。測って、比べて、疑われて、無視されて、それでも測り続けて、ようやく世の中に居場所を作った。つまりこれは、派手な閃きというより、しつこさの勝利だ。オーム本人も、わりとそういう人間だった。
ゲオルク・ジーモン・オームは、一言でいうと「名誉ある地味な人」だ。ニュートンやガリレオみたいな、伝説の主人公感は薄い。肖像画の顔も、だいたい真面目そうで、話しかけても気の利いた冗談は返ってこなさそうだ。だが、そのかわり仕事が硬い。彼がしたのは、電気を“怪しいもの”から“道具”へ落とす作業だった。道具にするには、測れないといけない。測るには、基準が要る。基準が要るなら、みんなが同じ意味で同じ言葉を使えるようにしないといけない。ここに、オームという人の役割がある。
オームの出発点は、豪華な研究室でも、王侯貴族のサロンでもない。むしろ逆で、彼はずっと「自力で勉強して、自力で信用を作る」という、やたら難易度の高いゲームをしていたタイプだ。当時の学問の世界は、今よりもっと身分とコネの香りが強かった。大学や学界は閉じた世界で、そこに食い込むには肩書きがいる。けれど肩書きを取るには環境がいる。環境を得るにはお金や支援がいる。はい詰み。オームはこのループを、正面から殴って突破しようとした。
だから彼の人生は、研究の華々しい成功よりも、「どうやって研究できる状態を確保するか」の戦いに見える。教師として働きながら学び、よりよい職を求め、よりよい場所へ移り、そこでようやく研究に時間を注ぐ。ここがポイントだ。オームの法則は、天才が思いついたから生まれたのではなく、「思いついたことを、世の中が納得する形に仕上げる体力」があったから残った。逆に言えば、体力がなければ同じ発見をしても消えていた可能性が高い。科学史は、正しいものが勝つ話ではなく、残ったものが教科書になる話でもある。
それに、オームが相手にしていた「電気」そのものが、当時は扱いにくい。いまの私たちは、コンセントに差せば電気が出てくる世界にいる。電圧も電流も、測定器で数値として出る。だがオームの時代、電気はまだ“見えない現象”で、測るための道具が整っていなかった。電池は発明され、電信の気配も見え始めていたが、安定した電源も、信頼できるメーターも、標準化された単位も、全部が発展途上だった。そんな世界で「電圧と電流と抵抗の関係はこうだ」と言っても、周りはまずこう思う。「その“電圧”って何?」「その“電流”って何?」「それ、誰が同じように測れるの?」。つまり、式そのものより、測定の信用が先に問われる。
オームがしたのは、まさにここを押し切る作業だ。電気を語るには、電気を測れなければならない。測るには、同じ条件を作り、同じ結果を再現できるようにしないといけない。だからオームは、派手な実験よりも、条件を管理することに力を使った。導線の長さ、太さ、材質、温度。接点の状態。電源の安定性。ちょっとでも雑だと結果がぶれる。ぶれた瞬間、「ほら見ろ、電気なんて信用できない」と言われて終わる。オームの敵は、別の学者というより、“誤差”だった。誤差は人格が悪い。話が通じない。謝らない。しかも、いつもそこにいる。
ここでオームの人間性が効いてくる。彼はロマン派の詩人じゃない。現象を見て感動して終わるタイプではない。むしろ、同じことを何度もやって、同じ数字が出るまで粘るタイプだ。人間としては面倒くさい。友達にいたら、飲み会で「その主張、統計的に有意ですか?」とか言い出しそうだ。だが、電気を工学に落とすには、この面倒くささが必要だった。電気は感動ではなく、回路の上を流れ、機械を動かし、通信を成立させる。そのためには、再現性という冷たい足場がいる。
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