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シュレーディンガー入門 科学者入門シリーズ34
第一章 シュレーディンガーってどんなひと?
エルヴィン・シュレーディンガーという名前を聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは「猫」だろう。箱の中で、生きているのか死んでいるのか、観測するまで決まらない――そんな奇妙な話は、量子力学の象徴として独り歩きした。しかし、ここで大事なのは、シュレーディンガーが「量子の不思議を面白がって広めた人」ではない、という点だ。むしろ彼は、その不思議さを真正面から突きつけることで、量子力学が背負い込んだ矛盾や未解決の問題を、私たちが見ないふりをできない形にした人だった。猫は、彼の“旗”ではなく“抗議文”に近い。そこを押さえるだけで、シュレーディンガーという人物の輪郭は一気に立ち上がってくる。
シュレーディンガーはオーストリアのウィーンに生まれた。ウィーンといえば、近代の文化と学問が濃密に混ざり合った都市だ。音楽や芸術の香りが漂う一方で、数学や物理もまた強い伝統を持ち、世界の見方そのものが更新されていく時代の熱を抱えていた。彼はその空気の中で、自然を理解することに、どこか美学的な情熱を燃やすようになる。世界は雑然とした出来事の寄せ集めではなく、一本の筋の通った秩序として理解できるはずだ。しかもその秩序は、できるなら連続で、滑らかで、見通しのよい形で表現できるべきだ。シュレーディンガーの「波」に対する好みは、単なる数学上の都合ではなく、世界観の好み、もっと言えば生き方の好みから来ている。
その彼が研究者として成熟していく時代、物理学は大きな転換点にいた。古典力学と電磁気学によって世界はかなり説明できるようになった、という自信があった一方で、説明できない現象が増えていた。熱放射、光電効果、原子スペクトル。いずれも、従来の“連続で滑らかな”物理ではうまく噛み合わない。そこで登場したのが量子という考え方だが、量子論は初期から、どうにも居心地の悪い要素を含んでいた。エネルギーが飛び飛びでしか変化できない。電子が軌道を移るときは、途中を滑らかに通らず、突然跳ぶ。世界の基礎に、断絶や飛躍が入り込む。直観的に納得しにくいだけでなく、世界を一枚の絵として把握したい人にとっては、どうしても受け入れがたい感触がある。
シュレーディンガーは、その感触に敏感だった。彼は新しい量子論を知らなかったわけではない。むしろ正面から取り組んだ。しかし、彼が求めたのは、量子を“粒の飛び跳ね”として描くのではなく、連続した波として描き直す道だった。ここで鍵になるのが、同時代に提案された「物質波」という発想である。光が波であることは古くから知られていたが、光が粒としてもふるまうという発見が出てきた。ならば逆に、電子などの粒子も波としてふるまうのではないか。そう考えたのがド・ブロイで、彼の着想は当時の物理学者に強烈な刺激を与えた。粒と波が入れ替わる。世界が二重写しになる。その二重写しを、単なる言葉遊びに終わらせず、数学としてきちんと扱える形にしたい。シュレーディンガーはまさにそこに飛び込んだ。
そして1926年、彼は波動方程式を打ち立てる。後に「シュレーディンガー方程式」と呼ばれるそれは、量子力学を“計算できる理論”へと一気に変える決定打だった。ここで誤解しやすいのは、シュレーディンガーが新しい方程式を出した瞬間に、すべてが綺麗に収まった、というイメージだ。実際には逆で、方程式があまりに強力だったからこそ、次の問いが避けられなくなる。波動方程式が与える「波」とは、いったい何なのか。波が表しているのは、物の実在そのものなのか。それとも、ただの計算上の道具なのか。もし道具だとしたら、なぜその道具は現実をあれほど正確に言い当てるのか。もし実在だとしたら、観測した瞬間に波が“収縮”するというのは、現実のどこで何が起きているという話なのか。シュレーディンガーの偉大さは、方程式の提示だけでなく、方程式が突きつけるこの問いを、曖昧なままにしてよいのか、と迫った点にもある。
彼自身は、波動関数がただの確率の道具になっていく流れに、どこか納得していなかった。ボルンが「波動関数の二乗が確率を与える」と解釈を与えると、量子力学は一気に使いやすくなる。予測ができ、実験に当たり、技術に結びつく。科学としては勝利だ。しかしシュレーディンガーは、勝利の代償として、世界の像がぼやけていく気配を感じ取っていたのだと思う。自然は本当に確率的なのか。あるいは、私たちが知らない変数があって、確率はただの無知の表現にすぎないのか。観測が現実を決める、というのはどういう意味なのか。そうした問いは、当時の議論では「哲学」として脇に置かれがちだった。計算が合えばいい、という態度が力を持つ。しかし、シュレーディンガーはそこに引っかかった。彼の中では、自然を理解するとは、ただ当たる式を持つことではなく、世界を一つの整った絵として捉えることでもあったからだ。
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