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ジョゼフ・リスター入門 科学者入門シリーズ52
第一章 手術が“ほぼ処刑”だった時代
手術という言葉には、いまでは「治すための選択肢」という明るい響きがある。たとえ怖くても、手術室は命を救う場所であり、そこには高度な技術と清潔な設備が整っている。人々は白い灯りの下で、医師たちが静かに準備を整える姿を見て、そこに理性と科学の秩序を感じるだろう。
だが、ジョゼフ・リスターが生きた十九世紀の病院は、同じ「病院」という言葉で呼ぶには、あまりにも別世界だった。そこは治療の拠点というより、病が濃縮される場所であり、傷口が腐敗し、人が静かに死んでいく施設だった。手術は存在した。外科医もいた。だが、手術のあとに患者が助かるかどうかは、ほとんど賭けに近かったのである。
当時すでに麻酔は普及しつつあった。麻酔の登場は、外科の歴史における革命のひとつだ。患者が暴れ、叫び、痛みに耐えきれず失神するなかで行われていた手術は、麻酔によって静かな処置へと変貌した。外科医は「速さ」だけを誇る職人から、「正確さ」を追求する技術者へ移りはじめる。より複雑な手術も可能になり、切断や摘出は以前よりもやりやすくなった。
しかし、麻酔がもたらしたのは、手術の勝利ではなく、むしろ別の地獄への入口だった。
痛みが消えたことで、外科医は以前より大胆に、深く、広く切れるようになった。骨を削り、臓器に触れ、今までなら「痛みで不可能だった領域」に踏み込めるようになった。けれど、患者が耐えられるようになったのは痛みだけであり、手術後に待っているものは変わらなかった。いや、むしろ悪化したと言っていい。
手術のあと、多くの患者が熱を出し、傷口が腫れ、膿が溜まり、悪臭が立ちのぼる。やがて全身が弱り、意識が混濁し、死んでいく。死因は出血ではない。切り過ぎたからでもない。医師が腕を誤ったからでもない。手術そのものが成功しているのに、人が死ぬ。外科医にとってこれほど不気味なものはなかった。
この「手術は成功したのに、患者が死ぬ」現象は、当時の病院では日常だった。死は例外ではなく、統計的に起きる当然の結果に近い。外科病棟には独特の匂いが漂い、そこに長くいるだけで不安になる。病床には包帯を巻かれた患者が横たわり、誰もが自分の身体の一部が腐り始めている気配を恐れていた。
感染症という言葉はすでにあったが、その正体はよくわかっていなかった。細菌という存在も、理屈として広く受け入れられてはいない。医療の世界では、「悪い空気」が病を運ぶという考え方が支配的だった。瘴気説と呼ばれるその考えでは、腐敗の匂い、湿った空気、汚水の蒸気、そういったものが身体に悪影響を与え、傷を悪化させるとされた。
だから病院では、空気の入れ替えが重視された。窓を開け、風を通し、腐った匂いを外へ逃がす。もちろん、それは衛生的に意味のある行動でもある。しかし、その理解の中心に「微小な生き物が原因である」という発想はない。彼らは、目に見えない敵ではなく、目に見える環境の“雰囲気”を相手にしていた。
こうした状況のなかで、外科医たちは奇妙な価値観を育てていく。
ひとつは、手術の上手さとは「速さ」だという信仰だ。麻酔の前、患者が暴れる時代には、速さが命だった。短時間で切り、縫い、終えることが、生存率を左右した。麻酔が広がっても、その文化は残り続ける。速い外科医は尊敬され、遅い外科医は軽んじられる。外科医は冷静さと大胆さを誇り、血と肉の匂いのなかで自分の手際を磨いた。
だが、もうひとつ、彼らの心に影を落としていたのは、「手術のあとの死は、ある程度は仕方ない」という諦めだった。
救えないのではない。救う方法がわからない。だから手術後に患者が腐って死んでも、それは病院の宿命として処理される。外科医はそれを悔しがるが、悔しがるだけで終わる。原因が不明な以上、対策は祈りや願いに近いものになる。傷口が化膿しても、膿は「悪いものが外へ出ている証拠」だと前向きに解釈されることさえあった。膿が出るのは自然な経過で、体内の毒が排出されているのだ、と。
いまの目から見れば恐ろしい話だ。しかし、当時の彼らに悪意があったわけではない。知識がそこまで到達していなかっただけだ。人は理解できないものを、理解できる形に丸め込む。膿は気持ち悪いが、そう言ってしまえば安心できる。死は怖いが、そういうものだと言ってしまえば耐えられる。医療現場は、そうやって成立していた。
さらに病院という場所には、感染を加速させる条件が揃っていた。
患者は密集し、空気は淀み、シーツや器具は十分に洗浄されない。医師の手は忙しさに追われ、ひとりの患者を診た手で次の患者へ触れることも普通だった。包帯は再利用され、手術器具は光沢があるほど磨かれていても、それが清潔であるとは限らない。むしろ彼らは「汚れ」を血や泥のような目に見えるものとして捉え、見た目が綺麗なら大丈夫だと感じていた。
そして何より、病院には死体が集まる。
死体が集まるという事実は、病院が医療の中心であることの証明であると同時に、感染の中心であることも意味する。病院は病を治す場所だが、病が濃縮されている場所でもある。いまの病院は清潔さを徹底し、感染対策を組織的に行っている。しかし当時はその逆で、病院に入ることが危険だった。入院するだけで命が削られていく。そんな場所で外科手術を行えばどうなるか。結果は想像できるだろう。
それでも外科は必要だった。
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