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ヘルツ入門 科学者入門シリーズ54

第一章 ヘルツってどんなひと?

ヘルツという名前は、ふだんの生活の中で突然あらわれる。たとえばスマホの画面を見ているとき、Wi-Fiや電波の話題で「周波数」という言葉が出てきて、単位としてHz(ヘルツ)が書かれている。音楽好きなら、低音がどうの、高音がどうのと語るとき、何ヘルツという数字に触れることもあるだろう。だが、その単位になってしまうほどの人物が、いったいどんな人生を生き、どんな瞬間に世界を動かしたのかまで知っている人は案外少ない。ヘルツは、現代の通信社会の土台をつくった“電磁波の実験的発見者”であると同時に、科学という営みがどういう美しさを持つのかを、静かに示した男でもあった。

ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツは、十九世紀のドイツに生まれた物理学者だ。ドイツといえば、哲学や音楽や工業のイメージが強いが、同時に近代科学の中枢でもあった。大学での研究が制度として整い、研究者たちが理論と実験の両方を武器にして競い合っていた時代である。ヘルツはこの空気の中で頭角を現した。彼が生きたのは長い世紀ではなく、むしろ短い閃光のような年月だった。三十代で大仕事を成し遂げ、三十代後半で世を去る。四十年に満たない人生だ。しかし彼が残したものは、百年以上経っても文明の奥底で鳴り続けている。人類は、ヘルツの一撃で「見えない波」を信じられるようになったのだ。

彼が成し遂げたことを一言で言うなら、マクスウェルが予言した電磁波を、実験で捕まえたことだ。マクスウェルという天才が、数学の言葉で世界を描いた結果、「電気と磁気は切り離せない」「電場と磁場の変化は波として空間を伝わる」という見取り図が完成していた。そしてその波の速さを計算すると、なんと光の速さと一致してしまう。つまり光とは電磁波なのだ、と。これは科学史でも屈指の美しい瞬間である。まるで世界が、一枚の布の模様として統一されていくような感覚がある。しかし、どれほど美しい理論でも、それだけで世界そのものを完全に征服したことにはならない。人は、理論の優雅さに感動しながらも、どこかで疑ってしまう。計算は正しいのか。仮定は妥当なのか。別の説明もできるのではないか。理論の世界には、夢のように整った宮殿が建つが、現実はいつも泥と石の地面の上にある。そこに橋をかける役目を果たしたのが、ヘルツだった。

ヘルツのすごさは、“発明家っぽさ”ではない。むしろ彼は、派手な天才というより、静かな精密機械のような研究者だった。現代のイメージで言えば、革命的なアイデアを叫ぶカリスマというよりも、誰も反論できないデータを積み上げて最後に盤面をひっくり返す職人だ。科学には二種類の勝ち方がある。ひとつは、発想の爆発で世界を驚かせる勝ち方。もうひとつは、証拠の積み重ねで世界を黙らせる勝ち方。ヘルツは後者の代表である。そして、この後者こそが、文明の根っこを支える。なぜなら文明は、信じられるものの上にしか築けないからだ。

電磁波は当時、誰も見たことがなかった。もちろん、電気の現象なら目の前にある。火花が飛ぶ。感電する。磁石がくっつく。だが、それが空間を波として伝わるとなると話が変わる。光は目に見えるが、電気と磁気の波は見えない。見えないものをどうやって証明するのか。ここに、ヘルツの美学がある。科学というのは、見えないものを勝手に信じる宗教ではない。見えないものを、見える形の痕跡に落とし込む技術である。ヘルツは、まさにその技術を極めた。

彼の実験は、今の目で見ると驚くほど簡素だ。高価な装置も、巨大な施設もない。火花放電を起こす装置と、輪っかの形をした金属の受信器。火花が飛ぶと、受信器にも小さな火花が飛ぶ。つまり何かが空間を伝わったのだ、と言える。だが、ここで立ち止まるべきだ。単に「火花が飛んだ」だけでは証明にならない。空気中の別の影響かもしれない。電気的な誘導かもしれない。偶然かもしれない。ヘルツが恐ろしいのは、その疑いの全てに答えるように実験を設計し、波の性質そのものを示してしまった点にある。

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