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複式簿記ってなに? お金について考えよう3

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第一章 複式簿記ってなに?

 複式簿記という言葉を初めて聞くと、何かとても複雑な計算をする仕組みのように思えるかもしれない。「複式」という名前からして難しそうだし、実際に簿記の教科書を開けば、借方、貸方、仕訳、勘定科目といった見慣れない言葉が並んでいる。しかし複式簿記の基本的な発想そのものは、それほど難しくない。むしろ私たちが普段、ものごとを考えるときにも使っている、ごく自然な見方に近い。

 複式簿記の出発点にあるのは、一つの出来事には二つの側面がある、という考え方である。

 たとえば、財布から百円を出してリンゴを一個買ったとする。この出来事を「百円使った」とだけ記録することもできる。実際、家計簿ならそれでも困らない場合が多い。財布の中から百円がなくなったので「食費百円」と記録しておけば、とりあえず何にお金を使ったのかは分かる。

 しかし、少し見方を変えてみよう。

 百円は確かになくなった。しかし、何もないところへ百円が消滅したわけではない。代わりにリンゴを手に入れている。つまり、この取引では「現金が百円減った」という変化と「リンゴが百円分増えた」という変化が同時に起きている。

 複式簿記は、この二つを両方記録する。

 ここが複式簿記を理解するための最初の、そして最も重要なポイントである。複式簿記は、一つの出来事を同じように二回書く仕組みではない。一つの出来事に含まれている、異なる二つの側面を記録する仕組みなのである。

 では、なぜそんな面倒なことをするのだろうか。

 財布の百円が減ったことだけを書いておけば、十分ではないのだろうか。

 日常生活なら、それで十分なことも多い。しかし商売の規模が大きくなると、お金の出入りだけを記録する方法では、だんだん実態が分からなくなってくる。

 たとえば、銀行から百万円を借りたとしよう。銀行口座には百万円が振り込まれる。お金の増減だけを見れば「百万円増えた」ということになる。

 では、百万円儲かったのだろうか。

 もちろん違う。

 現金は百万円増えたが、同時に「銀行へ百万円返さなければならない」という借金も増えている。現金だけを見ると豊かになったように見える。しかし、借金まで含めて考えれば、突然百万円分だけ豊かになったわけではない。

 この取引にも、二つの側面がある。

 現金が百万円増えた。そして借金が百万円増えた。

 複式簿記では、この両方を記録する。

 もう一つ考えてみよう。会社が百万円の現金を使って、仕事に必要な機械を買ったとする。銀行口座からは百万円がなくなる。現金だけを記録しているなら「百万円減った」となる。

 しかし会社は百万円を丸ごと失ったわけではない。代わりに百万円の価値を持つ機械を手に入れている。つまり「現金が百万円減った」と同時に「機械が百万円増えた」という出来事が起きている。

 このように考えると、経済活動の多くが、何かと何かの交換として見えてくる。

 現金を払って商品を手に入れる。商品を渡して売上を得る。銀行から現金を受け取る代わりに借金を負う。従業員に給与を払う代わりに、働いてもらう。お金が動くとき、その反対側ではたいてい何か別の変化が起きている。

 複式簿記は、その反対側まで追いかける。

 ここで「複式」という言葉の意味も見えてくる。複式簿記では、一つの取引について最低でも二か所が動く。その二つの変化を対応させながら記録していくため、帳簿全体の中では、ある変化と別の変化が結びついている。

 この仕組みには大きな利点がある。

 第一に「お金が増えたか減ったか」だけでは分からない、財産全体の姿が見えるようになる。

 第二に「なぜお金が増えたのか」「何と引き換えに減ったのか」を記録できる。

 そして第三に、記録そのものに一定のチェック機能が生まれる。

 複式簿記では、取引の二つの側面を同じ金額で記録する。百円のリンゴを買えば、一方で百円の現金が減り、もう一方で百円分の何かが増える。銀行から百万円借りれば、百万円の現金が増え、同時に百万円の借金が増える。

 つまり、取引の左右に現れる金額は一致する。

 この性質を大量の取引について積み重ねていくと、帳簿全体にもバランスが生まれる。後の章で詳しく見ることになるが、これが「借方」と「貸方」が最終的に一致する理由につながっている。

 ただし、ここで借方と貸方を急いで覚える必要はない。

 簿記を学び始めた人がつまずきやすい理由の一つは、複式簿記の考え方を理解する前に「資産が増えたら借方」「負債が増えたら貸方」という規則を暗記しようとすることにある。

 しかし、その規則は複式簿記の本体ではない。

 本体はもっと単純である。

「この取引によって、何が変わったのか」

 そしてもう一つ。

「その反対側では、何が変わったのか」

 この二つを考えることが、複式簿記の中心にある。

 たとえば、店で千円の商品が売れ、客がその場で現金を払ったとする。「現金が千円増えた」という変化がある。同時に「商品を売ったことで千円の売上が生まれた」という変化もある。

 ところが、客が「代金は来月払います」と言ったらどうなるだろう。

 今度は現金が増えない。それでも商品は売れている。そこで簿記では「あとで千円を受け取る権利」が増えた、と考える。この権利を売掛金という。

 現金が動いていなくても、経済的な変化は起きている。

 ここまで来ると、複式簿記が単なるお金の記録ではないことが分かる。

 複式簿記が記録しているのは、現金そのものではない。会社の中で起きた経済的な変化である。

 現金はいくらあるのか。商品はいくらあるのか。銀行からいくら借りているのか。客からいくら受け取る予定なのか。仕入先へいくら払わなければならないのか。どれだけ売上が生まれ、どれだけ費用がかかったのか。

 こうした情報を、一つ一つの取引から組み立てていく。

 その結果として、最終的には「この会社はいま何を持っているのか」「どれだけ借金があるのか」「今年はいくら儲かったのか」といった、より大きな問いに答えられるようになる。

 考えてみれば、会社というものは不思議な存在である。

 工場や店舗を見ることはできる。社員を見ることもできる。商品や現金を見ることもできる。しかし「会社そのもの」を目で見ることはできない。

 その見えない会社を、数字の集まりとして見えるようにするのが会計であり、その土台にある記録技術が複式簿記である。

 だから複式簿記は、単なる帳簿の付け方ではない。

 複雑な経済活動を「何が増え、何が減ったのか」という形に分解し、それぞれの変化を結びつけて記録する技術である。

 もし一つの取引について片方しか記録しなければ「百万円増えた」「百万円減った」という断片しか残らない。しかし反対側まで記録すれば「借金によって百万円増えた」「機械を買ったため百万円減った」という意味まで残すことができる。

 数字に関係を持たせる。それが複式簿記の強さである。

 複式簿記を理解するとき、最初に覚えておきたいのは、借方でも貸方でもない。

 一つの出来事には、必ず別の側面がある。

 お金が増えたなら、なぜ増えたのか。お金が減ったなら、何と引き換えに減ったのか。借金が増えたなら、その代わりに何を得たのか。商品を売ったなら、その代わりに何を受け取ったのか。

 複式簿記は、こうした問いを延々と繰り返す。

 つまり複式簿記とは、一つの経済的な出来事を二つの側面から捉え、その関係を数字として残していく仕組みなのである。

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