レヴィ=ストロース入門 哲学入門シリーズ12
第一章 レヴィ=ストロースってどんな人?
レヴィ=ストロースは、「構造主義」で知られる20世紀最大級の思想家のひとりです。ただし、肩書きだけを言えば、彼はまず哲学者というより文化人類学者・民族学者でした。ここが最初の大事なポイントです。つまり彼は、抽象的な観念だけで世界を語る人ではなく、実際に人間の社会や神話や親族関係を調べ、その観察のなかから「人間はどうやって世界を理解し、秩序づけているのか」という大きな問いに迫った人なのです。だからこそ、哲学入門シリーズで読む意味があります。レヴィ=ストロースは、人間とは何か、文化とは何か、理性とは何かという、哲学のど真ん中にある問いを、人類学という方法で掘り下げた人物だからです。彼の仕事は人類学を変えただけでなく、言語学、哲学、文学理論にも大きな影響を与えました。
クロード・レヴィ=ストロースは1908年11月28日にベルギーのブリュッセルで生まれ、2009年10月30日にパリで亡くなりました。100年を超える長い生涯のなかで、彼は20世紀という激動の時代をほぼ丸ごと生きています。この長さは単なる年表上の数字ではありません。彼の思想が、古い民族学の時代から、戦争、亡命、戦後の学問再編、そして現代思想の爆発までをまたいで形成されたことを意味します。レヴィ=ストロースを理解するには、彼を「一冊の難しい本を書いた学者」としてではなく、時代の断層をまたいで思考を鍛えた人物として見る必要があります。
若いころの彼は、パリ大学で哲学と法学を学びました。ここで重要なのは、彼が最初から「人類学一本」の人ではなかったという点です。哲学と法を学ぶ過程で、エミール・デュルケームやマルセル・モースといったフランス社会学の系譜に触れたことが、後のレヴィ=ストロースに大きな土台を与えます。つまり彼の出発点には、個人の心理よりも、社会の規則や制度、儀礼や交換といった「関係の仕組み」を見る視線がありました。のちに彼が神話や親族を分析するとき、物語の内容そのものより、そこに潜む関係のパターンを重視するのは、この時期の知的背景と無関係ではありません。
レヴィ=ストロースの人生が大きく動くのは、ブラジルに渡ってからです。彼は1930年代にサンパウロ大学で社会学を教え、同時にブラジル先住民社会のフィールドワークを行いました。とくにボロロやナンビクワラの人びとに関する調査は、彼のその後の仕事に決定的な材料を与えます。ここで大切なのは、彼が「遠い異文化」を単なる珍しい風習として眺めたのではないことです。むしろ彼は、近代ヨーロッパの常識から見れば奇妙に見える制度や神話のなかに、人間の思考の普遍的な働きを見ようとしました。違いを面白がるだけで終わらず、その違いを通じて人間一般を考える。この姿勢が、レヴィ=ストロースを単なる旅行家でも民俗収集家でもない、思想家にしています。
その後、第二次世界大戦という歴史の激流のなかで、彼はニューヨークに渡り、ニュースクールで教えることになります。このニューヨーク時代は、彼の理論形成にとって決定的でした。ブリタニカ百科事典によれば、彼はこの時期に言語学者ロマン・ヤコブソンの仕事から影響を受けています。ここで何が起きたのかを乱暴に言えば、「文化を言語のように読む」という発想が強くなったのです。言葉の意味が単語単独で決まるのではなく、体系のなかの差異や関係で決まるように、神話や親族制度もまた、個々の要素より全体の関係の網の目のなかで理解できるのではないか。この見方が、のちに構造主義として結晶していきます。
戦後フランスに戻ったレヴィ=ストロースは、研究者としての地位を固めながら、学問の制度そのものも作っていきます。1949年には人類博物館(ミュゼ・ド・ロム)の副館長となり、1950年には高等研究実習院で研究指導にあたります。さらに1959年にはコレージュ・ド・フランスの社会人類学講座に就き、1982年までその職を務めました。コレージュ・ド・フランスの記述では、彼は1960年に社会人類学研究所を創設し、1961年には学術誌『L’Homme』の創刊にも関わっています。つまりレヴィ=ストロースは、個人として偉大だっただけでなく、後進が育つ場や、議論が蓄積される器まで作った人物でした。思想史で名前だけが一人歩きしがちですが、実際には「学問のインフラを組んだ人」でもあったのです。
では、彼は具体的に何で有名になったのでしょうか。ひとことで言えば、親族、神話、分類といった一見ばらばらの領域に、共通する構造を見いだそうとしたことです。『親族の基本構造』では婚姻と交換の体系を、『悲しき熱帯』ではフィールド経験と文明批評を、『構造人類学』では方法の輪郭を、『野生の思考』では「未開/文明」という安易な上下関係を揺さぶる思考像を、そして『神話論理』では膨大な神話の比較分析を展開しました。ここで読者が最初に持つべき印象は、「この人は何でも構造に還元する冷たい理論家だ」という単純な像ではなく、「人間の多様さを、雑に平均化せず、それでも比較可能な形で考え抜こうとした人」だという像です。
レヴィ=ストロースを初学者が読むとき、しばしば「難しい」「抽象的」「何を言っているのか分からない」という壁にぶつかります。それは自然な反応です。彼の文章は、具体例を扱っているようでいて、つねに一段高いレベルの関係図へと読者を引き上げようとするからです。でも、この難しさには理由があります。彼が見ようとしていたのは、目の前の風習の面白さではなく、その奥で働いている「人間の知性の組み方」だったからです。見えるものではなく、見えるものを組み立てているルールを捉えようとする。その意味でレヴィ=ストロースは、人間文化を相手にした“深層の読解者”でした。
この章ではまず、レヴィ=ストロースを「構造主義の人」というラベルだけで終わらせず、時代・経験・方法が一体になった人物として見ました。次章以降では、なぜ彼がそんな発想に至ったのか、構造主義とはそもそも何なのか、そして親族論や神話研究で何を成し遂げたのかを、順番にほどいていきます。最初は難しく見えても大丈夫です。レヴィ=ストロースは、読み進めるほど「人間をどう見るか」の視界を広げてくれるタイプの思想家です。ここを越えると、20世紀思想の景色が一気につながって見えてきます。