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ブッダ入門 哲学入門シリーズ22
第一章 ブッダってどんな人?
ブッダと聞くと、まず何を思い浮かべるだろう。お寺にある仏像、座禅を組んで目を閉じている人、あるいは「欲を捨てなさい」と説いた宗教家かもしれない。しかし、ブッダという人物を哲学者として見るなら、もう少し変わった姿が見えてくる。ブッダは、人間はなぜ苦しむのか、その苦しみには原因があるのか、そして原因があるなら、それを取り除くことはできるのか、と考え続けた人だった。
まず知っておきたいのは「ブッダ」は名前ではないということだ。歴史上の人物としては、ゴータマ・シッダールタ、あるいはガウタマ・ブッダなどと呼ばれる。「ブッダ」とは「目覚めた者」という意味の称号である。つまり、生まれたときからブッダだったわけではない。シッダールタという一人の人間が、ある問題を考え抜き、何かに気づいた。その結果として「目覚めた者」と呼ばれるようになったのである。
彼は古代インド北部、現在のネパール南部からインド北東部あたりで活動したと考えられている。生きた年代については研究者のあいだでも議論があるが、おおむね紀元前五世紀前後の人物として考えるとよい。当時のインドには、すでにさまざまな宗教や思想があった。ブッダが突然、何もない場所から仏教を作ったわけではない。輪廻や業、解脱や瞑想といった考えも、彼以前から存在していた。
伝統的な伝記では、シッダールタは釈迦族の有力者の家に生まれたとされる。後世には「王子」と呼ばれることも多い。ただし、現代の巨大国家の王子を想像すると少し違う。いずれにせよ、比較的恵まれた環境で育った人物として描かれている。
そんなシッダールタの人生を変えた出来事として、有名なのが「四門出遊」である。彼が城の外へ出たとき、老人、病人、死者、そして修行者を見たという話だ。
もちろん、これは後世に整えられた伝説的な物語であり、そのまま歴史的事実だと考える必要はない。しかし、この話はブッダの問題意識を驚くほどよく表している。
老人を見れば、自分も老いる。病人を見れば、自分も病気になるかもしれない。死者を見れば、自分もいつか死ぬ。
当たり前のことである。
ところが、この「当たり前」が妙に恐ろしい。
普段の生活では、私たちは老いや死について四六時中考えているわけではない。朝起きて、食事をして、仕事や勉強をして、好きなものを見たり買ったりしながら暮らしている。その途中で「ところで私は確実に死ぬ」と何度も確認していたら、日常生活が進まなくなる。
だから人間は、ある程度は忘れて暮らしている。
ところがシッダールタは、その問題を忘れられなかった。
どれほどお金を持っていても、老いから完全には逃げられない。どれほど権力があっても、病気になることはある。どれほど愛されても、いつか別れは来る。何かを手に入れても、永遠に持ち続けられる保証はない。
では、人間は何を手に入れれば、本当に安心できるのだろう。
ここにブッダ思想の出発点がある。
たとえば、ずっと欲しかった物を買ったとする。手に入れた瞬間はうれしい。しかし、その喜びは永久には続かない。やがて慣れるかもしれないし、壊れるかもしれない。もっと新しい物が欲しくなるかもしれない。
あるいは、とても大切な人と出会ったとする。それは幸福なことである。しかし、大切になればなるほど「失いたくない」という気持ちも生まれる。
幸福を手に入れた瞬間、幸福を守る仕事が始まる。
ブッダが見ようとしたのは、この奇妙な構造だった。
そこでシッダールタは家を離れ、出家したと伝えられている。そして当時の有名な修行者たちのもとで瞑想を学んだ。アーラーラ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタという人物である。シッダールタは高度な瞑想状態に到達したとされるが、それでも「これでは苦しみを完全には終わらせられない」と考えた。
ならば、もっと徹底的に自分を追い込めばよいのではないか。
彼は激しい苦行を始める。食事を極端に減らし、身体を限界まで痛めつける。人間の欲望は身体から生まれるのだから、身体を徹底的に抑えれば解放されるのではないか、と考えたのかもしれない。
しかし、これもうまくいかなかった。
ここは、ブッダの人生の中でも非常に面白いところである。
快楽的な生活も試した。高度な瞑想も学んだ。さらに激しい苦行までやった。それでも最終的な答えには届かなかった。
普通なら「まだ苦行が足りない」と考えそうなところだ。しかしシッダールタは、別の可能性を考えた。
もしかすると、極端に苦しむこと自体が間違っているのではないか。
ここから「中道」という発想が生まれる。
中道というと「何事もほどほどが一番」という、少し退屈な教訓に聞こえる。しかしブッダの中道は、それほど単純ではない。快楽に溺れることと、自分を痛めつけること、その両方が苦しみから自由になる方法ではない、と見抜いたのである。
やがてシッダールタは、ブッダガヤー付近の菩提樹の下で瞑想し、悟りを開いたと伝えられている。
では、いったい何に目覚めたのか。
非常に乱暴に縮めれば、こう言うことができる。
「世界は変わり続けているのに、私たちは変わらないことを要求してしまう」
若さは変わる。身体は変わる。気分も変わる。人間関係も変わる。社会も変わる。自分自身の考え方さえ変わっていく。
ところが人間は、変わるものに向かって「変わらないでほしい」と願う。
失われるものに「失われないでほしい」と願う。
完全には支配できないものに「これは私のものだ」としがみつく。
ブッダは、このしがみつきと苦しみの関係を見ようとした。
だからブッダの発見を「人生には嫌なこともあります」とまとめてしまうと、あまりにも弱い。そんなことなら、わざわざ悟りを開かなくても誰でも知っている。
ブッダが問題にしたのは、苦しみそのものより、苦しみがどうやって作られるのかだった。
たとえるなら、床が水浸しになっている部屋で、毎日必死に雑巾をかけているようなものである。水を拭けば、一時的にはきれいになる。しかし翌日には、また床が濡れている。
そこでブッダは考える。
水はどこから来ているのか。
蛇口が開いているのか。配管が壊れているのか。屋根から雨が漏れているのか。
原因が分かれば、床を永遠に拭き続けなくて済むかもしれない。
この発想が、後に四聖諦、縁起、無我、八正道といった思想へつながっていく。
だからブッダは、単に「苦しい人生を我慢しましょう」と説いた人ではない。むしろ反対である。
苦しみには原因がある。
原因があるなら、変えることができる。
変える方法もあるはずだ。
この考え方は、かなり大胆である。
ブッダは悟ったあと、長いあいだ北インド各地を歩き、人々に教えを説いたと伝えられている。そして修行者たちの共同体であるサンガも形成された。自分一人だけが悟って終わるのではなく、他人も同じ道をたどれるようにしたわけである。
彼は八十歳ごろに亡くなったとされる。伝承では、最期にも「すべてのものは滅びゆく。怠ることなく励め」という趣旨の言葉を残したという。
ここも興味深い。
「私を永遠に信じなさい」ではない。
「すべては変わる。だから自分で確かめ、自分で歩き続けなさい」という方向なのである。
ブッダを哲学者として見ると、その独特さが分かってくる。
ソクラテスなら「善く生きるとは何か」と問うだろう。デカルトなら「絶対に確実な知識はあるのか」と問う。カントなら「人間は何を知ることができるのか」と問う。
ブッダの問いは、もっと生活の奥へ入り込んでくる。
「いま苦しんでいる。その苦しみは、どこから来ているのか」
しかもブッダは、その答えを単なる信仰として受け入れろとは言わない。自分の身体、自分の感情、自分の欲望、自分の意識を観察し、どのような条件から苦しみが生じているのかを見ようとする。
宗教家でありながら、心理学者のようでもある。哲学者でありながら、医者のようでもある。
その意味で、ブッダが発見しようとしたものは、苦しみそのものではなかった。
苦しみを作り続ける機械の設計図だったのである。
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