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プラトン入門 哲学入門シリーズ25

第一章 プラトンってどんな人?

プラトン──その名前を聞いたことがある人は多いだろう。けれど、「古代ギリシャの哲学者でしょ?」くらいの理解で止まっている人も少なくない。確かにその通りだ。プラトンはソクラテスの弟子であり、アリストテレスの師であり、西洋哲学の祖とまで言われる存在である。

しかし、プラトンという人物を「ただの偉大な哲学者」として記号的に受け止めるだけではもったいない。彼はどんな時代に生き、どんな体験をし、何に怒り、何を愛し、なぜこれほど多くの対話篇を書いたのか──そうした人間的な側面を知ることで、彼の思想の深みもまた見えてくる。

まず、プラトンの生まれた背景から見ていこう。彼は紀元前427年ごろ、アテナイの名門貴族の家に生まれた。父方はアテナイの建国神話に連なる家系、母方は法整備者ソロンを輩出した一族という、まさにエリート中のエリートである。金もコネも教養も、すべて持ち合わせていた。さらにプラトンは身体能力にも恵まれていたらしく、レスリングの選手だったという記録も残っている。文学や詩作の才能もあり、若いころには詩人を志していたという。現代風に言えば、スポーツもできるイケメン詩人の御曹司──まさに人生の勝ち組である。

だが、そんなプラトンの運命を変えたのが、ソクラテスとの出会いであった。ソクラテスは無名の石工の息子で、街角で人々と議論を交わす、変わり者として知られていた。彼は「無知の知」を説き、既成の価値観や権威を容赦なく問い直した。そのやり方に、当時の多くの若者が魅了され、また多くの大人たちが警戒した。

プラトンもまた、ソクラテスの問答に魅せられた青年の一人だった。もともと詩人志望だった彼は、この出会いを機に、「言葉で世界を語る」手段を、詩から哲学へとシフトさせていく。ソクラテスの問いの鋭さ、論理の一貫性、そして真理を追究する姿勢に深く心を打たれたのである。

しかし、師ソクラテスはアテナイの民主政により、「若者を堕落させた」「神を信じていない」として告発され、死刑を宣告される。紀元前399年、プラトンがまだ二十代半ばの若さだったころの出来事である。

この事件は、プラトンにとって計り知れない衝撃だった。尊敬する師が、正義を説いたゆえに国家から処刑される。しかも、その判断を下したのは民主政──「民衆の声」であった。この矛盾を前に、プラトンは考える。「なぜ正しい者が裁かれ、愚かな者が群れて力を持つのか」「正義とは、善とは、社会とは何なのか」

以後、彼の哲学はこの問いに対する応答となっていく。

ソクラテスの死後、プラトンは旅に出る。エジプト、南イタリア、シチリア──多くの土地を巡り、数学や天文学、宗教的儀式やピタゴラス派の思想など、多様な知に触れる。その中で、彼の哲学に不可欠となる数的秩序や魂の構造の発想も形成されていった。

とくにシチリアでの体験は印象的だ。プラトンは、現地の僭主ディオニュシオス2世に「哲人による政治」を説こうとする。哲学者が国家を治めれば、正義の国が実現できるはず──そう信じたのだ。しかし理想と現実は遠く、プラトンは王に煙たがられ、監禁され、ついには奴隷として売られそうになる。命からがら逃げ帰ることになった。ここでも彼は、「哲学は正義を語るが、力の前では弱い」という苦い現実を思い知らされる。

帰国後、プラトンは学園「アカデメイア」を設立する。これは後の大学の起源ともなるもので、彼の哲学を継承し発展させる場として機能した。彼自身も教壇に立ち、多くの弟子を育てた。中でも有名なのは、アリストテレスである。

プラトンが残した著作はすべて「対話篇」という形式で書かれている。つまり、物語の中で登場人物たちが議論を交わし、その中で哲学的テーマが展開されるというものだ。その中心人物は、常にソクラテスである。師を失ってもなお、プラトンの中にはソクラテスが生き続け、言葉を通じて読者と対話し続けている。

「この世界は影にすぎず、本当の現実はイデアの世界にある」と説いたイデア論も、「魂は不滅であり、輪廻を繰り返す」とする魂の理論も、彼にとっては単なる思弁ではなく、「この世界の不正義をどう乗り越えるか」という切実な問いに対する応答だったのだ。

プラトンの人生は、言い換えれば「理想と現実のズレ」と格闘し続けた生涯だった。ソクラテスの死、民衆の無知、哲人政治の失敗──そのすべてが、彼をして「この世に真の善や正義はあるのか」と問わせた。そしてその問いに、彼は言葉によって、教育によって、哲学によって答え続けようとしたのである。

私たちが2500年後の今もなお、プラトンを読み、考えるのは、彼が「理想を捨てなかった人」だからだ。たとえ現実がどれほど醜く、愚かに見えようとも、彼は信じた──世界のどこかに、あるべき正しさ、美しさ、善が存在していると。その確信が、彼の哲学を、単なる思索以上のものにしている。

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