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キットラー入門 哲学入門シリーズ45

第一章 キットラーってどんなひと?

フリードリヒ・アドルフ・キットラー(Friedrich Adolf Kittler, 1943–2011)は、ドイツを代表するメディア思想家であり、現代の「メディア考古学」を切り開いた人物として知られている。彼は文学研究者として出発しながらも、徐々にメディア技術そのものに焦点を当て、言語や文化を生み出す装置の側に光を当てるという独自の学問的立場を築き上げた。フーコーやデリダの影響を受けつつも、文学テクストや人文学の枠内にとどまることを拒み、メディア技術の物質的基盤に文化や思想を結びつけた点で、20世紀後半から21世紀にかけての思想界に強烈な痕跡を残したのである。

彼が生まれたのは1943年、第二次世界大戦の末期のポーランド・ロシニアという町だった。戦争の混乱の中で育ち、その後ドイツ西部に移住した経験は、彼に「戦争と技術」「軍事とメディア」といったテーマへの強い関心を抱かせたとよく指摘される。ドイツ文学を学び、1970年代にはフライブルク大学で教鞭をとるようになるが、その研究スタイルは従来の文学研究者とは大きく異なっていた。多くの文学研究者がテクストの解釈や意味論的分析に没頭していた時代、キットラーはむしろそのテクストが「どのような技術的条件のもとに存在しているのか」に注目したのである。印刷術、タイプライター、録音機、映画など、文化を支える装置そのものを考察対象に据えた。

彼の名を世界的に知らしめたのは、1985年に出版された『Aufschreibesysteme 1800/1900』(邦訳は『書き取り装置』)である。この本では、ドイツ文学を含む文化のあり方を「書き取りの技術」がどのように規定してきたかを論じ、特に1800年と1900年を境に大きな変化が生じたことを指摘した。1800年には人間の主体がまだ中心にあった。作家や詩人が自らの経験を言葉に紡ぎ、手書きや印刷によって表現していた。しかし1900年になると、グラモフォン、映画、タイプライターといった「技術的メディア」が登場し、人間はもはや唯一の主体ではなくなる。音や映像や文字が、人間の記憶や意識を媒介せずに、直接機械に保存されるようになった。人間はメディア環境に従属する存在となり、「主体」の概念は揺らぎ始める。

この挑発的な論点は、当時の文学研究に大きな衝撃を与えた。なぜなら、キットラーは「文学」や「文化」といった人文学的対象を、テクスト解釈の次元から引きずり出し、ハードウェアやメディア装置と不可分なものとして提示したからである。彼にとって、文学作品は単なる意味の宝庫ではない。それは、特定の書き取り装置によって可能になった一つの産物であり、その装置を無視しては作品の存在理由そのものを理解できないのである。この徹底した技術主義的な視点は、後に「人間はメディアの効果である」という彼の有名な言葉へと結実する。

1999年に出版された『Gramophone, Film, Typewriter』は、キットラーの代表作として広く知られている。この書物では、三つの技術的メディアが19世紀末から20世紀初頭にかけて人類の文化をどのように変えたかを描いている。グラモフォンは音を、フィルムは映像を、タイプライターは文字を、それぞれ人間から切り離して保存・再生する装置である。これらの装置の登場によって、文学や芸術、さらには「人間」という概念そのものが根底から再編成されることになった。たとえば、詩人の声はもう肉体から直接伝えられる必要はなく、機械が再生することができる。小説家は手書きの痕跡を残さずにタイプライターで文章を打ち込む。映像は眼の知覚を越えて、フィルムという物質に記録される。ここにおいて、文化は「人間の表現」から「メディアの記録」へと移行する。

キットラーの思想は、同時代のフーコー、デリダ、ラカンなどのフランス思想から強く影響を受けている。フーコーが「人間は言説の効果である」と述べたのに対し、キットラーはそれを「人間はメディアの効果である」と置き換えた。デリダの脱構築や、ラカンの精神分析における象徴界の理論も、彼の思考の土台にあった。しかしキットラーは、それらの思想をさらに「物質的な技術」という領域に拡張した点で独自性を持つ。つまり彼は、ポスト構造主義が言語や記号の分析に偏っていた傾向を批判し、それらの記号が依拠する装置=メディアそのものに注意を向けたのである。

彼はまた、「軍事とメディア」の関係を指摘した思想家としても知られている。多くのメディア技術、特に通信や暗号解読、レーダー、コンピュータといったものは、もともと軍事的目的のために開発されてきた。戦争が技術を推進し、その技術がやがて民生利用され文化や社会を変えていく。キットラーは、メディア史を「平和な文化の歴史」として語るのではなく、「戦争の副産物」として描き直した。この冷徹な視点は、しばしば読者を不安にさせるが、メディア研究を現実に即したものとして位置づけ直す力を持っていた。

2000年代に入ってからは、彼は情報社会における「コード」や「ソフトウェア」の役割に注目するようになる。ハードウェアとしての装置を越え、コンピュータ・ネットワークとプログラミング言語が世界を規定する時代に突入したと見抜いたのである。キットラーの最晩年の関心は、まさに「ソースコードを読む人文学」へと向かっていた。彼は「人文学の終焉」を宣言し、伝統的な文献学や文学研究ではなく、コードやアルゴリズムの解析を新たな学問の基盤に据えるべきだと主張した。この視点は、現在のデジタル人文学(Digital Humanities)に大きな影響を与えている。

人物としてのキットラーは、カリスマ的でありながらも一筋縄ではいかない存在だった。講義では難解な議論を繰り広げ、学生に強い印象を残した一方で、しばしば挑発的な物言いをした。人文学に対して冷酷とも思える言葉を投げかけたが、それは同時に人文学を徹底的に愛していたからこその苛烈な批判でもあった。晩年はベルリン・フンボルト大学で教鞭をとり、ドイツ国内外の研究者に強い影響を与え続けた。2011年に亡くなったとき、ドイツの思想界に大きな喪失感が広がったのはそのためである。

キットラーは「人間中心主義を超えて、メディアという装置の視点から文化や思想を捉え直した思想家」と言える。彼の議論はしばしば難解であり、挑発的でもある。しかしその根底には、「われわれの思考や記憶や表現は、決して人間だけで成り立っているのではなく、常にメディア装置に依存している」という、現代社会において避けて通れない真理がある。キットラーを知ることは、つまりは人文学を21世紀においてどう生き延びさせるか、そして人間という存在をどのように定義し直すか、という根源的な問いに触れることなのだ。

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