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丸山眞男入門 哲学入門シリーズ59
第一章 丸山眞男ってどんな人?
丸山眞男は、日本の政治学者である。政治思想史家でもあり、戦後日本を代表する知識人の一人でもある。こう書くと、教科書に載っている偉い学者という感じがする。実際、丸山眞男という名前を、現代文や政治経済の教科書で見た人もいるだろう。「『である』ことと『する』こと」という文章で覚えている人もいるかもしれない。
しかし、丸山が生涯考えていた問題は、教科書の中だけに収まるものではなかった。
たとえば、大きな会社で重大な失敗が起きたとする。現場の社員は、上司から指示されたと言う。上司は、役員会で決まったと言う。役員は、業界全体の流れだったと言う。社長は、専門家の意見を尊重したと言う。専門家は、与えられた資料をもとに助言しただけだと言う。
ところが、会社としては大きな決定をしている。
誰かが決めなければ、決定は存在しないはずである。それなのに、一人ずつ話を聞いていくと、最後まで「私が決めました」という人間が出てこない。
丸山眞男が強い関心を持ったのは、この奇妙な現象だった。
丸山は一九一四年に生まれ、一九九六年に亡くなった。東京帝国大学法学部で学び、その後、東京大学の教授となった。専門は日本政治思想史である。江戸時代の儒学から、明治以降の近代日本、戦前の国家体制、戦後民主主義まで、非常に広い範囲を研究した。
丸山というと、戦後民主主義を擁護した思想家という印象が強い。しかし、彼の研究の出発点は民主主義ではなかった。若い丸山が研究していたのは、朱子学や荻生徂徠といった江戸時代の思想だった。
ここが面白い。
丸山は、いきなり戦後日本の民主主義を研究して有名になったわけではない。江戸時代の儒学を読みながら、人間が社会秩序をどう理解するのかという問題を考えていた。
社会の仕組みは、最初から自然に存在しているものなのか。それとも、人間が作ったものなのか。
この違いは大きい。
山や海は、人間が作ったものではない。雨が降ることも、人間が法律で決めたわけではない。しかし、税金の制度、学校制度、会社の規則、議会、法律、行政組織は、人間が作ったものである。
人間が作ったものであるなら、人間が変更することもできる。
そして、作った人間には責任が生まれる。
丸山は、このような問題を「自然」と「作為」という言葉で考えた。後に戦後日本を論じる丸山の思想には、すでにここで重要な種がまかれていた。
そして丸山は、実際に日本国家が巨大な失敗をする時代を経験する。
日本は戦争へ進み、一九四五年に敗戦した。
敗戦後、多くの人が考えなければならなかった。なぜ、こんなことになったのか。誰が戦争を始めたのか。誰が止められなかったのか。政治家が悪かったのか。軍人が悪かったのか。官僚が悪かったのか。天皇制が問題だったのか。国民にも責任があったのか。
丸山は、この問いに対して、単純な悪人探しをしなかった。
悪い独裁者が一人いて、日本人全員を無理やり戦争へ引っ張った。そのような説明なら話は簡単である。
しかし、現実はそんなに単純ではなかった。
上の人間は、さらに上の権威に従う。下の人間は、上からの命令に従う。横を見ると、周囲のみんなも同じ方向へ進んでいる。すでに始まっていることは、既成事実として受け入れられる。
こうして、一人一人は自分が巨大な決定をしているとは思っていないのに、国家全体は巨大な方向へ動いていく。
丸山は、この構造を分析しようとした。
一九四六年に発表した「超国家主義の論理と心理」は、その代表的な論文である。
ここで丸山が問題にした「超国家主義」は、単に愛国心が強すぎるという意味ではない。国家が政治的な権力だけではなく、何が正しいか、何が善いかという精神的な価値まで抱え込んでしまう構造だった。
国家から命令されたから従う。
それだけではない。
国家に従うこと自体が正しい、と考える。
この二つが結びつくと、国家を批判することは、単なる政治的反対ではなく、道徳的に悪い行為のように感じられるようになる。
丸山は、そこに戦前日本の大きな問題を見た。
さらに彼は、戦争指導者たちの責任の取り方にも注目した。
重大な決定に関わった人々が、自分には十分な権限がなかったと言う。状況がすでに進んでいたので、止められなかったと言う。組織の決定だったと言う。
その説明を一人ずつ聞いていくと、不思議な世界が現れる。
戦争は起きている。
国家は動いている。
何百万人もの人生が変わっている。
ところが、その巨大な出来事を自分で決めたという人間がいない。
これが、後に「無責任の体系」と呼ばれる丸山の重要な問題意識につながっていく。
ここで注意したいのは、丸山が「日本人は無責任な民族だ」と言いたかったわけではないことである。
彼が見ようとしたのは、人間の性格ではなく、構造だった。
真面目な人間でも、命令に忠実な人間でも、組織の規則を守る人間でも、その全員が組み合わさることで無責任な仕組みができる可能性がある。
これは少し怖い。
悪人だけを警戒すればいいのなら簡単だからである。
悪い上司を追い出す。悪い政治家を選挙で落とす。悪い経営者を辞任させる。それで問題が解決するなら、責任の場所は分かりやすい。
丸山が見た問題は、もっと厄介だった。
一人一人が自分なりに仕事をしていても、全体としておかしな方向へ進むことがある。
そこで重要になるのが「主体性」である。
丸山のいう主体性は、自分らしく生きるという意味ではない。好きなことをするという意味でもない。
自分で判断する。
その判断が正しいかを考える。
周囲が同じことをしていても、それを理由に思考を止めない。
そして、自分の選択の結果について責任を引き受ける。
丸山が戦後社会に必要だと考えたのは、このような人間だった。
だから丸山にとって、民主主義は選挙制度の名前だけではない。
憲法がある。国会がある。選挙がある。
それだけで民主主義が完成したとは考えなかった。
民主主義の制度を持つ人間が、自分で考えることをやめれば、制度だけが残ることもある。
会社にコンプライアンス規定があっても、誰も本気で守らなければ意味がない。学校にいじめ防止の方針があっても、全員が見て見ぬふりをすれば機能しない。
制度が「ある」ことと、制度が実際に働くことは同じではない。
ここから、丸山の有名な「『である』ことと『する』こと」へつながっていく。
丸山は、日本社会を外から眺めて批判しただけの人でもなかった。
自分自身も、その社会の一員だった。
戦争を経験し、敗戦を経験し、その後の民主化を経験した。さらに戦後になると、自分自身が大学教授となり、大きな発言力を持つ知識人になった。
やがて若い世代から、丸山自身も批判されるようになる。
戦後民主主義を語ってきた丸山が、今度は戦後民主主義を代表する権威として批判される。
これは少し皮肉である。
しかし、丸山という思想家を理解するうえでは重要でもある。
権威を疑えと語った人間自身が権威になる。
主体的に考えろと語った思想家の言葉を、丸暗記してありがたがる人間が現れる。
民主主義は完成しないと語った思想家の思想が、完成した教科書の知識になる。
丸山の思想は、自分自身にも向かってくる。
そこが、この人の面白いところである。
丸山眞男を学ぶことは、戦後日本の有名な学者について覚えることではない。
誰かが決めたことだから。
昔からそうだから。
みんながやっているから。
自分には変える権限がないから。
もう始まってしまったから。
こうした言葉によって動いている社会を、いったん立ち止まって見るための道具を手に入れることである。
国家でなくてもいい。
会社でも、学校でも、家庭でもいい。
誰も決めていないように見えるのに、なぜか全員が従っていることがある。
誰も責任を取らないのに、決定だけが積み重なっていくことがある。
丸山眞男は、その不思議な現象を追い続けた。
そして、その謎を考えていくと、次の問題にたどり着く。
そもそも社会の秩序とは、自然に存在しているものなのだろうか。
それとも、人間が作ったものなのだろうか。
丸山眞男の思想をたどる旅は、ここから始まる。
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