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パース入門 哲学入門シリーズ86
第一章 パースってどんな人?
チャールズ・サンダース・パース(Charles Sanders Peirce, 1839–1914)は、アメリカ合衆国に生まれた哲学者であり、科学者であり、論理学者でもあった。彼の人生は栄光に満ちたものではなく、むしろ不遇と孤独に彩られている。しかし、その思想の深さと射程は20世紀以降の哲学や科学理論に大きな影響を与え、現在では「アメリカ最大の知性のひとり」と評価されるようになっている。彼は生前にはほとんど理解されず、死後に再評価されるという典型的な「先駆者の運命」を辿った人物だった。
パースは1839年、マサチューセッツ州ケンブリッジに生まれた。父は数学者であり天文学者のベンジャミン・パースで、ハーバード大学で教鞭をとっていた人物である。その影響を強く受けたチャールズは幼少期から科学的な教育を受け、10代の頃にはすでに論理学や数学に強い関心を示していた。ハーバード大学に進学した後も化学を専攻し、学業を終えた後にはアメリカ海岸測量局(United States Coast Survey)に勤務することとなる。ここで彼は地図作成や測量、さらには天文学的観測に従事し、科学者としての基盤を固めていった。
だが、彼の人生は順調ではなかった。まず、彼は性格的に不器用で、同僚や上司との人間関係においてしばしば衝突を起こした。また、後年は慢性的な体調不良や経済的困窮に苦しみ、安定した職を得ることもできなかった。ハーバード大学で教える道を模索したが、同僚からの評判の悪さや私生活上のスキャンダルによって正規の職を得ることはついになかった。彼は再婚を巡って社会的に批判を浴び、そのことが学界での地位獲得を妨げたとも言われている。こうした事情から、彼は学者としての名声を築くことなく、ペンシルベニア州の田舎町ミルフォードに隠遁し、貧困と孤独の中で余生を過ごすこととなる。
しかし、彼の思想はその不遇にもかかわらず、あるいは不遇であったからこそ、強烈な輝きを放っている。パースは論理学において独創的な発想を展開した。例えば、彼は演繹(デダクション)と帰納(インダクション)に加えて、第三の推論形式として「アブダクション(仮説形成)」を提唱した。これは、未知の事象を説明するために仮説を立て、それを検証していく思考の形式であり、現代における科学的方法論に欠かせない要素となっている。また、彼は「記号論(セミオティクス)」の祖のひとりでもあり、言語や記号の働きを「記号(sign)」「対象(object)」「解釈項(interpretant)」の三項関係として定式化した。この理論は後の言語学や哲学だけでなく、情報科学やメディア論にも広く応用されている。
さらに、パースは「プラグマティズム(実用主義)」を創始した思想家としても知られる。もっとも、この言葉は後にウィリアム・ジェイムズやジョン・デューイによって広められ、彼自身は「プラグマティズム」という名称が乱用されることを嫌い、「プラグマティシズム」と呼んで区別しようとしたほどであった。それでも彼の核心的な主張は、思想や概念の意味はそれが生み出す実際の効果や行動において理解されるべきだ、というものである。つまり、観念は観念として独立して存在するのではなく、行為や経験を通してその意味が確定されるという視点だ。この立場はアメリカ哲学の一大潮流を生み出し、後の哲学史に大きな影響を与えることになった。
だが、こうした先駆的な思想は当時の人々には理解されにくく、またパース自身の筆致が難解で、しばしば長大でまとまりに欠けていたために、同時代に十分な評価を得ることはなかった。彼の著作は断片的であり、多くの論文や草稿は生前に刊行されず、死後にまとめられてようやく世に知られることとなった。現在「パース・コレクション」と呼ばれる膨大な草稿群は、その豊かさと難解さのゆえに研究者にとって宝庫であると同時に挑戦でもある。
彼の人生の晩年は貧困と病苦にまみれたものだった。経済的困窮のあまり薬を買うこともできず、彼の妻ジュリエットが周囲に援助を求めた記録も残っている。しかし、彼は最後まで思索をやめることはなく、むしろ孤独の中で壮大な哲学体系を築き上げていった。彼の死後、その思想は徐々に再評価され始め、20世紀半ばにはプラグマティズムの祖、記号論の先駆者として広く認知されるようになった。さらに、現代においては人工知能研究や情報理論の分野においてもその思想が参照されている。
パースという人物を理解するためには、彼の人生の光と影を併せて見る必要がある。科学者としての厳密さと、哲学者としての大胆な発想。社会的には孤立し、経済的には困窮していたにもかかわらず、彼は未来を照らす知の体系を構築した。その姿は、まさに「孤独な巨人」と呼ぶにふさわしいものである。彼は自らの時代に受け入れられなかったが、後の世代がその深い思想を掘り起こし、今もなお研究が進められている。パースは、現実的な成功を得られなかった思想家でありながら、その思索の遺産は今日も生き続け、未来に向けてなお輝き続けているのである。