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トマス・ペイン入門 哲学入門シリーズ115

第1章 トマス・ペインってどんな人?

トマス・ペインは、哲学者というよりも、思想を歴史の現場で機能する言葉に変えた人物である。彼は大学の講壇で体系を築いた学者ではなく、街路や戦場や議会の空気のなかで、人々が実際に読み、怒り、勇気づけられ、行動する文章を書いた。だからペインを理解するには、単に「何を考えた人か」だけでは足りない。「なぜその考えがあの時代に爆発的な力を持ったのか」を見なければならない。トマス・ペインとは、近代の政治思想が専門家の書斎から民衆の言葉へと降りてくる、その決定的な場面を体現した人だったのである。

ペインは一七三七年、イングランドのセットフォードに生まれた。生まれからして特別な権力者でも知識階級でもなかった。父は職人で、母は英国国教会に属していたとされる。こうした背景は、彼の思想の核心にある感覚と関係している。つまり、人間の価値は家柄では決まらないという感覚である。のちに彼は王や貴族の世襲を激しく批判し、政治の正当性を血筋ではなく人間の権利に求めるが、その視線には、上から世界を見た人間の余裕ではなく、下から制度の理不尽を見てきた人間の切実さがある。

若いころのペインは、安定した成功者とはほど遠い人生を送った。職人として働き、徴税吏の仕事にも就いたが、生活は楽ではなく、仕事も順調とはいえなかった。しかも彼は、ただ不満をため込むだけの人間ではなかった。制度の不合理や待遇の問題に敏感で、それを言葉にしようとした。ここに、のちのペインをつくる原型がある。世の中には理不尽がある、と感じる人は多い。しかし、その理不尽を誰にでも伝わる言葉にして、しかも人を動かすところまで持っていける人は少ない。ペインは、その少ない側の人間だった。

彼の人生を大きく変えたのは、イギリスを離れてアメリカに渡ったことである。一七七四年、ベンジャミン・フランクリンの助けもあって、彼はフィラデルフィアへ向かった。ここで重要なのは、ペインが最初から「歴史に名を残す革命思想家」として渡米したわけではないということだ。むしろ彼は、人生の立て直しを図る一人の移住者として新大陸に入っていった。その意味で彼は、理想を語る前に、現実の厳しさを知っている人間だった。この現実感覚こそが、彼の文章を空疎な理念の宣言ではなく、切迫した政治的提案にしている。

アメリカでのペインは、編集や執筆の仕事を通して次第に頭角を現していく。そして決定的だったのが、一七七六年の『コモン・センス』である。この小冊子は、アメリカ独立を単なる一部急進派の主張ではなく、「常識」として提示した。ここでのペインのすごさは、難しい政治理論をそのまま語ったことではない。むしろ逆である。王政とは何か、なぜ島国イギリスが大陸アメリカを支配するのは不自然なのか、なぜ世襲は政治の正当性にならないのか、といった論点を、多くの人が読める言葉で語り直した。政治思想の歴史には偉大な理論家がたくさんいるが、ペインの独自性は、「正しいことを言った」だけでなく、「広く読まれる形で言った」ことにある。

この点でペインは、近代民主政治における言論の本質を先取りしている。民主政治では、理念が正しいだけでは不十分で、人々が理解し、自分ごととして受け取れる形で示されなければ力にならない。ペインはまさにその技術を持っていた。彼の文章には、専門家のための知的優越感よりも、読者に届かせる意志がある。だから彼の文体は平明で、論点は鋭く、しかも断言的である。この断言はときに乱暴にも見えるが、革命の時代にはそれが力になる。迷っている人々に「こちらに進め」と示す言葉は、慎重すぎる学術的文章では代替できないからである。

しかし、ペインを単なる革命の扇動者として片づけるのは間違いである。彼は独立を唱えただけでなく、独立後の政治が何を基礎にすべきかを考えた。つまり彼の関心は、破壊そのものではなく、正当な政治の建て直しにあった。彼が重視したのは自然権であり、人間が生まれながらに持つ権利である。政府はその権利を守るために存在するのであって、王家や貴族の特権を維持するために存在するのではない。この発想は、今日の人権観から見れば当たり前に思えるかもしれないが、当時としては支配の根拠そのものを問い直す急進的な考えだった。

さらにペインの面白さは、アメリカ独立革命だけにとどまらない点にある。彼はフランス革命にも関わり、イギリスではエドマンド・バークのような保守的論者と激しく論争した。つまりペインは、一つの国の愛国的作家ではなく、大西洋世界全体を舞台に、君主制・権利・革命・代表制をめぐって戦った思想家である。英米仏という近代政治の大きな実験場を横断しているため、彼を読むと、近代そのものが抱えていた希望と恐怖が見えてくる。自由を求める革命は、どこまで正当化できるのか。古い権威を壊したあと、何を基準に秩序をつくるのか。民衆の力は解放なのか、それとも暴走の危険なのか。ペインはこれらの問いの中心にいた。

また、ペインは宗教についても大胆な著作を残している。彼は理神論の立場から、教会の権威や啓示宗教のあり方を批判した。ここでも彼の特徴は、難解な神学論争より、理性に照らして考える態度を前面に出したことである。このため彼は大きな反発を受け、政治的な名声に比べて後年の評価が下がる一因にもなった。だが見方を変えれば、それだけ彼が「触れてはならないもの」にまで理性の光を向けたともいえる。ペインは権力の領域だけでなく、信仰と権威の結びつきにも疑問を投げかけたのである。

さらに晩年のペインは、財産と貧困の問題にも踏み込んだ。土地所有と不平等、老後の保障、若者への支援といった論点にまで視野を広げ、のちの福祉思想を先取りするような発想を示している。ここに見えるのは、ペインが単に「自由」を叫ぶだけの人ではなかったということだ。彼にとって自由とは、権力から放っておかれることだけではなく、人間が人間らしく生きられる条件をどう整えるかという問いにもつながっていた。だから彼は、現代の自由主義、民主主義、社会改革思想のそれぞれから読み直される。

トマス・ペインという人を一言でまとめるなら、時代の転換点において、人々が政治を自分の問題として考えるための言葉を与えた人である。王や貴族や聖職者だけが政治を語る時代から、印刷された文章を読む市民が政治を判断する時代へ、その橋を架けた人ともいえる。彼の文章は、歴史の教科書のなかでは革命の熱狂として片づけられがちだが、そこにはもっと根本的な問いがある。人はなぜ支配されるのか。どんな政治が正当なのか。伝統はどこまで尊重されるべきか。理性は信仰や権威に対して何を言えるのか。社会は不平等をどこまで放置してよいのか。ペインはこれらを、専門家の言葉ではなく、読者の言葉で問うた。

この本では、そんなペインを「革命家」というラベルだけで終わらせず、近代政治思想の重要な案内人として読み解いていく。彼の生涯を追うだけでも劇的だが、本当に面白いのは、その劇的な人生のなかで書かれた言葉が、二百年以上たったいまでも、政治と権利と公共性を考える手がかりになることである。トマス・ペインは過去の人物である。しかし彼が投げかけた問いは、いまも終わっていない。

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