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カルナップ入門 哲学入門シリーズ119

第一章 カルナップってどんな人?

ルドルフ・カルナップは、「哲学の問題を増やした人」ではなく、「哲学の問題を整理し直した人」だった。二十世紀哲学の中で彼は、論理実証主義ないし論理経験主義の代表的人物として知られているが、その肩書きだけでは足りない。彼が本当にやろうとしたのは、科学や哲学で使われる言葉をできるだけ明晰にし、何が意味のある問いで、何が言葉の混乱から生まれた疑似問題なのかを見分けることだった。哲学を感想や雰囲気の勝負から引き離し、ルールのはっきりした思考へ近づけようとしたのである。後に彼は科学哲学、意味論、帰納論理にも大きな仕事を残し、二十世紀分析哲学の流れの中核に立つ人物になった。

カルナップは1891年、ドイツのロンスドルフに生まれた。若い頃には数学、物理学、哲学を学び、イエナ大学ではゴットロープ・フレーゲの講義にも触れている。ここが重要である。なぜなら、後のカルナップが見せる「曖昧な議論を嫌い、論理的な形式を重んじる姿勢」は、こうした学問的背景と深く結びついているからだ。彼は最初から「人生の意味」を詩のように語る哲学者ではなかった。むしろ、言葉がどういう規則で使われるのか、概念はどう組み立てられているのか、そうした土台に目を向けるタイプの思想家だった。のちに1921年にイエナ大学で博士号を取得し、1926年にウィーン大学に招かれ、1931年にプラハへ移り、1935年にアメリカへ渡ったが、その歩みは最初から一貫して「明晰さ」へ向かっていたと見てよい。

カルナップの名が広く知られるようになったのは、ウィーン学団との結びつきによってである。ウィーン学団は、二十世紀前半のヨーロッパで、科学の成果を踏まえながら経験論を立て直そうとした思想運動だった。彼らは、昔ながらの形而上学があまりにも曖昧な言葉を振り回し、確かめようのない主張を延々と語っているように見えた。そこで、経験によって支えられる主張と、論理や数学のように形式的に扱える主張を区別し、哲学もまた科学に近い厳密さを持つべきだと考えたのである。カルナップはこの運動の中でも、とくに言語の形式と論理的再構成を重視した人物だった。彼は単に「形而上学は無意味だ」と叫んだ人ではない。どうすれば意味のある議論だけを残し、概念の混乱を減らせるかを、本気で設計しようとした人だった。

その姿勢がよく表れているのが、1928年の『世界の論理的構築』である。この本は、題名だけ見ると壮大すぎて近寄りがたく感じられるが、実際にカルナップが試みたのは、世界そのものを作ることではなく、私たちが世界について語るための概念体系を秩序立てて組み立て直すことだった。彼は、科学が使う対象や概念を、どのような基礎からどのような順序で構成できるかを考えた。たとえば、地図は現実そのものではないが、道に迷わず進むには役に立つ。カルナップの「構築」もそれに近い。世界をそのまま写し取るのではなく、世界を理解するための見取り図を論理的に整えるのである。ここにすでに、彼を貫く性格が見えている。つまり彼は、深遠そうな言葉を増やすより、知識の骨組みを整えることを重視した。

だがカルナップの歩みは、そこで止まらない。1930年代に入ると、彼は『言語の論理的構文論』などを通じて、意味そのものを論じる前に、まず言語の規則を形式的に明らかにしようとした。自然言語は便利だが、あまりにも曖昧で、同じ言葉が場面によって違う働きをしてしまう。そこで彼は、人工的に整えられた言語を使って哲学の議論をより明晰にできないかと考えたのである。この発想だけ見ると冷たい理屈屋のようだが、実は逆で、彼は議論を不毛にしたくなかったのだ。「存在とは何か」のような問いも、それがどんな言語規則の上で立てられているかをはっきりさせなければ、答えはいつまでも空中戦になる。カルナップはそう考えた。そしてこの時期に有名になるのが、唯一絶対の正しい言語形式を崇拝するのではなく、目的に応じて複数の言語枠組みを使い分けてよいという寛容の発想である。厳密さを求めながら、同時に柔軟でもある。この組み合わせが、カルナップの面白さだ。

1930年代半ば、ナチズムの拡大を背景に、カルナップはヨーロッパを離れてアメリカへ移った。ここから彼の哲学はさらに広がる。シカゴ大学などで活動した後、彼は意味論、様相、確率、帰納論理へと関心を深めていった。後年のカルナップは、単に「意味のない文章を排除する人」ではなくなっている。むしろ、意味をどう論理的に扱えるか、仮説がどれくらい証拠によって支えられるか、不確実な知識をどう合理的に考えられるかといった、科学にとって本当に大事な問題へ向かっていく。1950年代以降も彼は確率論や帰納論理の研究を続け、晩年まで思考の精密化をやめなかった。ここから分かるのは、カルナップが破壊者ではなく建設者だったということである。彼は古い形而上学を疑ったが、それは瓦礫の上で笑うためではなく、その代わりにもっと使える知の道具を作るためだった。

カルナップという人をつかむには、日常の小さな例で考えると分かりやすい。二人が「この映画はリアルだ」と言い争っているとする。一人は「演技が自然だ」という意味で言い、もう一人は「現実には起こりそうにない」という意味で否定しているなら、両者は同じ言葉を使いながら、別の基準で話していることになる。このとき必要なのは、どちらが感覚的に強いかを競うことではなく、「リアル」という語をどういう規則で使っているのかを明らかにすることだろう。カルナップは、哲学でも同じことが起きていると見た。議論が深いように見えても、実は言葉の設計図が曖昧なまま争っているだけではないか。だから彼は、概念を点検し、必要なら作り替え、議論が本当に噛み合う条件を探ろうとしたのである。彼の哲学が今でも読み直されるのは、この姿勢が現代にも通じるからだ。

こうして見ると、カルナップは「論理実証主義の代表者」という教科書的な一言では収まりきらない。彼は、科学の言葉、哲学の問い、意味のルール、確率の扱いまで視野に入れながら、知識の全体をより明晰なかたちへ整えようとした人だった。彼の哲学には、世界の奥に隠れた神秘を直接つかもうとする華やかさはないかもしれない。だが、その代わりに、世界について語る私たち自身の道具を磨くという、静かで強い仕事がある。言葉が曖昧なままでは、深い思想もすぐに霧になる。カルナップはそのことをよく知っていた。だからこそ彼は、哲学の答えを急ぐ前に、哲学が使う言葉のかたちを問い直したのである。この一見地味な姿勢こそが、彼を二十世紀哲学の最重要人物の一人にしている。

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