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ポパー入門 哲学入門シリーズ120

第一章 ポパーってどんな人?

カール・ポパーは、二十世紀を代表する哲学者の一人である。哲学者と聞くと、古い本を読み、難しい言葉で世界を説明する人を思い浮かべるかもしれない。だが、ポパーの魅力はそれだけではない。彼は、科学とは何か、なぜ人は間違えるのか、そして自由な社会をどう守ればよいのかという、いまでも切実な問題を考え続けた思想家だった。しかもその考えは、抽象的な空論ではなく、激動する時代を生きるなかで鍛えられていった。

ポパーは一九〇二年、オーストリアのウィーンに生まれた。ウィーンは当時、芸術、音楽、科学、思想が入り乱れる大都市であり、知的な熱気に満ちていた。だがその華やかさの裏では、社会不安や政治対立も深まっていた。古い帝国の秩序が揺らぎ、新しい思想が次々に現れる時代である。ポパーはそんな空気のなかで育ち、若い頃から文学、音楽、数学、物理学、政治思想など、さまざまな分野に関心を広げていった。最初から「科学哲学者」だったわけではない。むしろ、ひとつの分野に閉じこもるより、世界全体の仕組みを考えたい人だったと言った方が近い。

若いポパーは、社会をよりよく変えたいという思いも強く持っていた。そのため一時は社会主義やマルクス主義にも接近した。貧困や格差があり、社会が不安定なとき、人々は「歴史には正しい流れがある」「この思想に従えば未来は見通せる」といった強い言葉に引きつけられやすい。これは特別なことではない。たとえば、先の見えない状況で「この方法だけが正解だ」と断言されると、安心したくなる。しかしポパーは次第に、その種の確信に危うさを感じるようになる。人間や社会はそれほど単純ではなく、どれほど立派な理論でも、批判を受けつけなくなった瞬間に危険になると考えるようになったのである。

ポパーに大きな影響を与えたものの一つが、アインシュタインの物理学だった。ここは重要である。なぜならポパーは、科学の偉大さを「絶対に正しいことを証明した点」に見たのではなく、「自分の理論がどのような事実によって崩れるかを示した点」に見たからだ。アインシュタインの理論は大胆だったが、同時に試されるべき理論でもあった。もし観測結果が予想と違えば、その理論は打撃を受ける。ポパーはそこに科学の誠実さを見た。何が起きても「やはり自分は正しい」と言い張る理論より、厳しいテストにさらされる理論の方が科学的だと考えたのである。

この発想は、日常の例で考えると分かりやすい。たとえば「この占いはどんな人にも当てはまる」と言われたら、それは便利だが、同時に検証しにくい。良い結果が出ても悪い結果が出ても、あとから説明できてしまうからだ。逆に、「この薬を飲めば熱は一時間以内に下がる」と言われたら、実際に熱が下がるかどうかで試せる。外れたら、その主張は疑われる。ポパーは、科学とは後者のように、間違いが見つかる可能性を引き受ける営みだと考えた。ここから彼の有名な「反証可能性」という考えが生まれてくるが、それは次の章で詳しく見ることにしたい。

ただし、ポパーは科学だけを論じた人ではない。彼は同時に、政治や社会の問題にも鋭い目を向けていた。二十世紀前半のヨーロッパは、ファシズムやナチズム、共産主義体制など、巨大な政治思想が現実の国家を動かした時代だった。しかもそれらはしばしば、自分たちこそ歴史の必然を知っている、自分たちこそ真理を握っている、と主張した。こうした思想は、人間の自由や異論を軽視しやすい。なぜなら、反対者は単なる意見の違いを持つ相手ではなく、「歴史の流れに逆らう敵」と見なされるからである。

ポパーは、こうした危険を身をもって感じた。彼自身がユダヤ系の家族背景を持ち、ヨーロッパの政治的混乱のなかで安全ではいられなかったこともあり、のちにニュージーランドへ渡り、その後イギリスで活動することになる。故郷を離れる経験は、単なる個人史ではない。理論の問題が、そのまま社会の問題になることを彼に突きつけた。間違いを認めない思想は、学問の世界では独断になり、政治の世界では抑圧になる。ポパーが科学哲学と政治哲学を切り離さなかったのは、このためである。

彼の代表作『開かれた社会とその敵』は、その立場をよく示している。ここで言う開かれた社会とは、誰もが好き勝手に振る舞う社会という意味ではない。そうではなく、権力が批判され、制度が修正され、異論が存在することを前提とした社会である。つまり、人間は間違えるという事実を受け入れた社会だと言ってよい。反対に、閉じた社会とは、ある教義や指導者や歴史観が絶対化され、批判が許されない社会である。ポパーは、正しい支配者がいる社会よりも、間違った支配者を平和的に交代させられる社会の方が重要だと考えた。ここにも彼らしい現実感覚がある。

この現実感覚は、どこか冷たいようでいて、実はかなり人間的である。ポパーは、人間に完璧を求めなかった。完璧な知識人、完璧な政治家、完璧な制度を夢見るのではなく、人間は失敗するものだという前提から出発した。そのうえで、失敗を小さくし、修正し、よりましな状態へ進む方法を考えたのである。たとえば、壊れにくい機械を作ることも大事だが、壊れたときにすぐ修理できる設計にしておくことも同じくらい大事である。ポパーは、知識や社会もそれに近いと考えた。絶対に間違わない仕組みを夢見るのではなく、間違いが見つかったときに直せる仕組みを重視したのである。

この考え方は、現代にもよく通じる。SNSでは、自信たっぷりに断言する意見ほど強く見えやすい。政治でも評論でも、「未来はこうなる」「これだけが正解だ」と言い切る言葉は魅力的に響く。しかしポパーなら、そこで一歩立ち止まるだろう。その主張は、何によって間違いだと示されるのか。批判を受け入れるのか。修正可能なのか。こうした問いを投げかけるはずである。ポパーの哲学は、知識を増やすためだけでなく、断言に酔わないための訓練でもある。

では、ポパーという人物をひとことで言うなら何だろうか。科学哲学者、政治哲学者、自由主義者、批判の哲学者、どれも間違いではない。だが、もっともふさわしいのは、「人間は間違えるという事実を、絶望ではなく出発点に変えた哲学者」だろう。人間は神ではない。だからこそ、反論し合い、試し、修正し、よりよい知識と社会に近づくしかない。ポパーは、その地味だが力強い道を示した。

この章では、ポパーの人生と時代背景を大まかに見てきた。ここで重要なのは、彼が単に難しい理論を組み立てた学者ではなく、二十世紀の危機の中で、知識と自由をどう守るかを考えた人物だったという点である。科学を考えることと、社会を考えることは、彼にとって別々の仕事ではなかった。どちらにも共通していたのは、人間の誤りを前提にし、それでも前進を可能にする仕組みを探る姿勢だった。その姿勢こそが、ポパーをいまなお読む価値のある哲学者にしている。次の章では、その中心にある問い、つまり「科学とは何か」という問題に進んでいく。

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