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マルクーゼ入門 哲学入門シリーズ124

第一章 マルクーゼってどんな人?

 ヘルベルト・マルクーゼは、一八九八年にベルリンで生まれた思想家である。二十世紀の激動をまともにくぐり抜けながら、近代社会の自由と支配を深く問い直した人物として知られている。フランクフルト学派の一員として語られることが多いが、彼は単なる学派の一構成員ではない。哲学、社会批判、精神分析、美学を横断しながら、豊かな社会がなぜ人を不自由にするのかを考え続けた、独特の射程を持つ思想家だった。

 マルクーゼの人生を理解するには、まず彼が平穏な時代の学者ではなかったことを押さえる必要がある。彼は若いころに第一次世界大戦を経験し、その後のドイツ社会が混乱と不安のなかで揺れるのを見た。帝国の崩壊、革命の気配、民主主義の不安定さ、そしてナチズムの台頭という流れは、彼にとって教科書の年表ではなかった。社会が理性的であるはずなのに、なぜ破滅へ向かってしまうのか。この問いが、彼の思想のかなり早い段階から根を下ろしていた。

 彼はベルリン大学やフライブルク大学で学び、とくにマルティン・ハイデガーのもとで研究したことで知られている。ハイデガーは二十世紀哲学の巨人の一人であり、人間の存在そのものを問う鋭い思索で大きな影響を与えた。若きマルクーゼも、こうした存在論の迫力に強く引かれたと考えられる。だが彼は、存在の深さだけでは満足しなかった。人間がどう生きるかだけでなく、人間がどんな社会のなかで、どのように押しつぶされるのかまで考えたかったのである。

 ここに、マルクーゼの大きな特徴がある。哲学者のなかには、世界の成り立ちを抽象的に考えることに力を注ぐ者もいる。もちろんそれも重要だが、マルクーゼはそこにとどまらなかった。彼は、思想が現実の社会と切れてしまうことを嫌った。たとえば人が毎日くたくたになるまで働き、休日には消費や娯楽で気分を回復し、また同じ一週間へ戻っていくような生活があるとする。その生活は一見すると安定しているが、本当に自由だと言えるのか。こうした問い方に、後のマルクーゼらしさがすでに芽生えている。

 彼の運命を決定づけたのは、ナチ体制の成立であった。ユダヤ系であり、しかも批判的知識人でもあった彼は、ドイツにとどまることができなくなる。亡命は、彼の思想に外から眺める視点を与えた。祖国を失った者として社会を見ること、外部から近代文明を見直すこと、その痛みと距離感が彼の批判を鋭くした。社会の内部では常識に見えるものも、外へ追いやられた者の目には、異様な仕組みとして映ることがある。マルクーゼはまさに、その視線を手に入れた思想家だった。

 亡命後の彼は、フランクフルト学派の人びとと関わりながら研究を続け、のちにアメリカで活動するようになる。ここで重要なのは、彼が単にドイツ社会だけを批判したのではないという点である。全体主義に対抗する自由な社会と見なされていたアメリカの高度産業社会に対しても、彼は鋭い疑問を向けた。豊かで便利で、選択肢も多く、表面上は自由に見える社会が、むしろ人間を深く従順にしているのではないか。これは、独裁国家への批判とは別の角度から、近代そのものを問い返す発想だった。

 この発想がよく表れているのが、のちの代表作『一次元的人間』である。そこでは、現代人が暴力で黙らされるだけでなく、快適さや消費、便利さによって批判精神を失っていく姿が描かれる。たとえば、最新の機械や娯楽に囲まれ、選べる商品も多く、不満があれば別の商品へ乗り換えられる生活を思い浮かべてみるとよい。そのとき人は、自分は自由だと感じやすい。だがマルクーゼは、その自由が制度の外へ出る自由ではなく、制度の内部で上手に満足する自由にすぎないことがあると見抜いた。

 とはいえ、マルクーゼを単なる悲観論者として理解するのは正確ではない。彼は現代社会の支配構造を厳しく批判したが、同時に人間が別の生を作りうる可能性も捨てなかった。そのために彼が重視したのが、欲望、感性、芸術、そして否定する力である。社会にうまく適応することだけが成熟ではない。いま与えられている現実に対して、何かがおかしいと感じること、まだ別の生き方があるはずだと思うこと、その感覚自体に解放の芽がある。ここが、彼の思想がただ暗いだけでは終わらない理由である。

 マルクーゼが六〇年代の学生運動や新左翼の若者たちから強く読まれたのも、そこに理由がある。彼は、既存の秩序にすんなり収まらない人びと、社会の中心から少しずれた場所にいる人びとのなかに、新しい可能性を見ようとした。工場の労働者だけが変革の主体なのではない。若者、少数者、周縁に置かれた人びと、あるいは芸術や文化のなかで違和感を抱く人びともまた、社会を揺さぶる契機になりうる。この見方は当時としても新鮮で、いま読んでもかなり現代的である。

 こうして見ると、マルクーゼは生涯を通じて一つの問いを抱えていたことがわかる。近代社会は自由を約束したはずなのに、なぜ人は見えにくい仕方で従属してしまうのか。そして、その従属から抜け出す道はどこにあるのか。彼はこの問いに答えるため、ヘーゲル、マルクス、フロイトを読み直し、哲学、政治、心理、美学を結びつけた。だからマルクーゼは難しい思想家である前に、現代人の息苦しさを真正面から考えた思想家だと言ったほうがよい。

 第一章の段階で大事なのは、マルクーゼを有名な用語の発明者としてだけ覚えないことだ。彼は時代の崩壊を見て、亡命を経験し、豊かな社会のなかに潜む支配を見抜こうとした。そして同時に、まだ実現していない自由の形を探し続けた。その意味で彼は、現実に対して失望した人ではなく、現実をそのまま受け入れなかった人である。次章では、そんな彼がなぜフランクフルト学派という場に身を置き、どのような問題意識を共有しながら、どこで独自の道を切り開いたのかを見ていくことになる。

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