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レオ・レーヴェンタール入門 哲学入門シリーズ125

第一章 レーヴェンタールってどんな人?

 レオ・レーヴェンタールは、フランクフルト学派の第一世代に属する社会学者であり、批判理論の内部で文学と大衆文化を本格的に扱った、かなり重要な人物である。1900年にフランクフルトのユダヤ人家庭に生まれ、のちにマックス・ホルクハイマーのもとで社会研究所に加わった。フランクフルト学派というと、どうしてもアドルノやマルクーゼの名が前に出るが、レーヴェンタールはその背後で理論の現場を支えつつ、独自の領域を切り開いた人だった。

 彼の仕事をひとことで言うなら、文学やメディアのなかに、その時代の社会がどんな人間を欲し、どんな生き方を理想としているかを読み取る仕事だった。小説や演劇は、ただの娯楽ではない。そこには、社会が人間をどう見ているか、個人が自分をどう理解しようとしているかが刻み込まれている。レーヴェンタールはそこに注目し、文学研究を社会学と結びつけた。彼にとって作品は、孤立した美の対象ではなく、歴史のなかで揺れる人間像の記録でもあった。

 この人のおもしろさは、文学の世界に閉じこもらなかったところにある。彼は社会研究所の研究と編集の仕事に深く関わり、理論を語るだけでなく、批判理論の知的なインフラそのものを担った。研究所の機関誌『社会研究雑誌』の運営にも関わり、文学、大衆文化、コミュニケーションの問題を、同時代の社会分析へ接続していった。つまりレーヴェンタールは、書斎で単独に思索するタイプというより、共同研究の場のなかで理論を鍛えた人なのである。

 だが彼の人生は、静かな研究生活だけでは終わらなかった。ナチズムの台頭によって、フランクフルト学派のメンバーたちはドイツを離れざるをえなくなり、研究所はまずジュネーヴへ、その後ニューヨークへ移る。レーヴェンタールもその亡命の流れのなかにいた。ユダヤ系知識人であり、しかも資本主義社会と権威主義を批判する立場の人間が、故郷を追われる。この経験は、彼の思想を抽象理論から現実の政治へ引き寄せた。社会は人をどう支配するのか、文化はそれにどう加担するのかという問いが、彼にとって急に生身の問題になったのである。

 亡命後の彼は、アメリカで活動を続けた。戦時期には政府機関の仕事にも関わり、戦後は Voice of America の研究職や、スタンフォードの行動科学高等研究センターを経て、最終的にはカリフォルニア大学バークレー校に落ち着く。ここで大事なのは、彼がヨーロッパの亡命知識人として余生を送っただけではないことだ。彼はアメリカ社会を内側から観察し、マスメディア、扇動、民主主義の危機という問題を、現代社会の核心として考え続けた。だから彼の本は、ワイマールやナチ時代の記録で終わらず、いま読んでも妙に生々しい。

 レーヴェンタールの名を有名にした主題のひとつが、大衆文化の分析である。彼は、近代社会で称賛される人物像がどう変わったかを追いかけた。かつて雑誌の伝記欄では、発明家、政治家、実業家のような「何かを作る人」が英雄として前面に出ていた。ところが時代が進むと、映画スターや芸能人、スポーツ選手のような「消費される魅力」をまとう人びとが中心に出てくる。彼はこの変化を、社会の価値観そのものの変化として読んだ。いまで言えば、工場主や国家的指導者より、インフルエンサーや有名タレントの私生活が注目を集める状況を、かなり早い段階で理論化していたわけだ。

 もうひとつの大きな柱が、扇動者の研究である。レーヴェンタールはノルベルト・グーターマンと共著で『Prophets of Deceit』を書き、アメリカの右翼扇動者が、どうやって人びとの不満を敵意へ変え、恐怖と服従を組み立てていくかを分析した。ここで重要なのは、彼が単に「悪い思想」を批判したのではなく、扇動の語り口そのものを見たことだ。人びとの漠然とした不安が、どのように敵のイメージへまとめられ、指導者への依存へ変わるのか。その構造を言葉のパターンから捉えた。だから彼の議論は、ファシズム研究であると同時に、メディア研究でもある。

 こうして見ると、レーヴェンタールは、文学の研究者であると同時に、文化の社会学者であり、さらに政治的言語の分析者でもあったことがわかる。しかもこの三つは、彼のなかで別々ではない。小説に現れる人間像も、雑誌に現れる英雄像も、扇動者が語る敵と指導者の像も、すべて「社会が人間をどう作るか」という一つの問いへ戻っていく。彼の仕事は派手ではないが、ものすごく芯が太い。アドルノが音楽や哲学の方へ深く潜り、マルクーゼが解放の理論へ走ったとすれば、レーヴェンタールは、読まれるもの、語られるもの、広まるもののなかに、近代社会の秘密を探した人だった。

 レーヴェンタールは、単に「フランクフルト学派の一員」として片づけるには惜しい。彼は、文学が社会を映す鏡であることを示し、大衆文化が価値観を運ぶ仕組みを暴き、扇動の言葉が民主主義をむしばむ過程を分析した。その意味で彼は、読書好きの学者でも、政治批評家でも、メディア論者でもある。そしてその全部が、二十世紀という激しい時代を生き延びた亡命知識人の経験からつながっている。レーヴェンタールとは、文化を通して社会の深部を読む人だった。まずはそう押さえると、このあと彼の文学社会学も、大衆文化論も、扇動者分析も、一本の線として見えてくる。

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