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アームストロング入門 哲学入門シリーズ135
第一章 アームストロングってどんな人?
デビッド・アームストロングは、二十世紀後半の分析哲学を代表する、オーストラリアの哲学者である。1926年に生まれ、2014年に亡くなった。仕事の範囲は広く、知覚論、認識論、心の哲学、さらに普遍者論や自然法則論まで伸びている。だが、ただ多作だった人ではない。ばらばらの問題を一つの世界像へまとめようとした、珍しいタイプの体系家だった。
彼はメルボルンに生まれ、オックスフォードのドラゴン校やジーロング・グラマー・スクールで学んだのち、1945年から46年にかけてオーストラリア海軍に勤務した。その後、シドニー大学で哲学を学び、1950年に優等学位を得る。さらにオックスフォードのエクセター・コレッジへ進み、H・H・プライスのもとでB.Phil.を修めた。若いころから、経験と知覚、そして世界認識の問題に強くひかれていたことが分かる。
この時期の経歴には、少し印象的な陰影もある。彼は日本での勤務後に結核を患い、しばらく療養を余儀なくされた。哲学者の伝記には、思想だけが乾いた文字で並ぶことが多い。だがアームストロングの場合、身体の不調や戦後の空気をくぐり抜けて、なお知覚や現実の問題へ向かっていったことが、その後の自然主義的な姿勢とどこかで響き合っているように見える。ここには、現実から浮いた観念家ではない人間の輪郭がある。
ここで大事なのは、アームストロングが最初から難解な形而上学へ飛びこんだわけではないことだ。ロンドン大学で教えたのち、1956年にメルボルン大学へ移り、まず『バークリーの視覚論』や『知覚と物理的世界』のような著作を書いた。つまり出発点は、私たちがどう見て、どう知るのかという問いだった。目の前に赤いリンゴがあるとき、その赤さは心の中だけの像なのか、それとも世界の側に根を持つのか。こうした問いが、のちの大きな体系の入口になった。
1964年、彼はシドニー大学のチャリス哲学教授となり、1991年に退職するまで長くその地位にあった。そのあいだ、イェール大学やスタンフォード大学などでも教え、国際的な名声を確立していく。オーストラリア哲学は、英米哲学の周辺にある地方的な学問だと見られがちだった。だがアームストロングは、その見方を押し返した人の一人である。彼は豪州の分析哲学を、世界の中央へ押し出すだけの重みを持った。
彼の魅力は、派手なレトリックや逆説的な名文句にあるのではない。むしろ一歩ずつ論点を積み上げ、反対説に丁寧に応答し、最後に全体像を示す、その建築家のような書き方にある。ある問題を片づけると、すぐ次の問題が顔を出す。知覚を考えれば知識が現れ、知識を考えれば真理が現れ、真理を考えれば世界の構造が問われる。彼の本を読んでいると、思いつきを振り回す人ではなく、世界の設計図を書こうとする人だと分かる。
彼をひと言で表すなら、自然の外に逃げない哲学者というのが近い。たとえば心の問題でも、彼は魂のような別世界の実体を持ち出すより、心的状態を脳や神経系の状態として理解しようとした。恐怖を感じるとき、それはただ内面にふわりと現れる霧ではない。吠える犬を見て身構え、逃げようとし、心拍が上がる、その全体を支える中枢状態があるはずだ、というのである。ここには、心を消してしまう乱暴さではなく、心を自然の中へ置き直そうとする強い意志がある。
しかも彼は、そこで止まらなかった。心を自然の一部として考えるなら、次には自然そのものがどう成り立っているかを考えなければならない。複数のリンゴに共通する赤さとは何か。なぜ塩は水に入れるとたいてい溶けるのか。こうしたことが単なる偶然の反復ではないなら、世界には何らかの共通性や法則性があるはずである。アームストロングは、この問いに本気で向き合い、普遍者や自然法則の実在を擁護した。
その歩みは、著作の並びを見るとよく分かる。『物質主義的心の理論』では心身問題に切りこみ、『信念・真理・知識』では認識論を押し進める。さらに『普遍者と科学的実在論』で性質の実在を論じ、『自然法則とは何か』で法則の身分を問い、『事態の世界』では世界の基本単位そのものを考えた。これは単なる話題の乗り換えではない。心、知識、性質、法則、事実を、一つの連続した地図に描こうとする移動である。
この点でアームストロングは、現代哲学の専門分化に逆らう人でもあった。多くの哲学者は、一つの論点で鋭さを見せる。もちろんそれも大事である。だがアームストロングの強みは、ある場所で勝つことより、全体を崩さずにつなぐことにあった。心の哲学だけ読んでも、そこにはすでに形而上学の種がある。法則論だけ読んでも、そこには知識論や科学観の影が差している。彼は、哲学を細切れの専門知ではなく、世界理解の総体として守ろうとした。
第一章でまず押さえたいのは、アームストロングが抽象語を並べるだけの学者ではない、という点である。知覚から出発し、心を論じ、知識を考え、そこから普遍者と法則へ進む。その歩みには一本の筋がある。私たちは世界をどう知るのか。心は世界の中にどう置かれるのか。世界には本当に共通の性質や法則があるのか。アームストロングの哲学は、この問いを逃げずに押し進めた。その意味で彼は、現代分析哲学の中でも、特に全体像を夢見た人だったのである。
だからこの本では、アームストロングを単に「普遍者論の人」や「心身同一説の人」として片づけてはならない。そうすると、彼の哲学の大きさが見えなくなる。彼は、心について書いた人であり、知識について書いた人であり、法則について書いた人であり、存在そのものの骨組みを書こうとした人だった。アームストロングってどんな人か。その答えは、現代哲学のばらばらになりがちな問題群を、ひとつの現実の中で結びなおそうとした人、という言い方がいちばん近い。