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メアリ・ダグラス入門 哲学入門シリーズ137

第一章 メアリ・ダグラスってどんな人?

 メアリ・ダグラスは、ふつうは哲学者ではなく、イギリスの文化人類学者として紹介される人である。だが、彼女の仕事は、単に遠い土地の風習を集めた研究ではない。人はなぜ世界を分けたがるのか、なぜ境界を守ろうとするのか、なぜ「汚い」「危ない」「ふさわしくない」と感じるのか。その問いを、宗教、儀礼、食事、制度、政治にまたがって考え抜いた人だった。だからダグラスは、人間の考え方そのものを問う、きわめて哲学的な人類学者だと言える。彼女は1921年にイタリアのサンレモで生まれ、2007年にロンドンで亡くなった。代表作には『Purity and Danger』『Natural Symbols』『How Institutions Think』などがある。

 彼女の出発点には、宗教と秩序への強い関心があった。カトリックの教育を受けて育ち、のちにも宗教を外側から冷笑するのではなく、人間社会を支える重要な力として見つめ続けた。そして、著名な社会人類学者E・E・エヴァンズ=プリチャードの影響を受け、人間集団の信念や儀礼を、単なる迷信ではなく、意味のある体系として捉える目を身につけた。ここで大事なのは、ダグラスが最初から「合理的な近代人が、非合理な昔の人を説明する」という姿勢に立っていなかったことだ。むしろ彼女は、近代人の側にもまた、見えにくい儀礼や禁忌があると考えた。

 若いダグラスは、ベルギー領コンゴでレレの人びとのフィールドワークを行った。現地での調査は、書斎で理論を組み立てるだけでは見えないことを、彼女にたくさん教えたはずだ。人は、災厄や病気を前にしたとき、ただ原因を知りたがるだけではない。誰が悪いのか、どこに境界が破れたのか、どうすれば秩序を回復できるのかを問う。そのとき共同体の中では、信仰、親族関係、儀礼、権威が複雑に絡み合う。ダグラスが後に「汚れ」や「危険」や「非難」を論じるときの鋭さは、この現地経験に深く支えられている。彼女の初期の重要な研究は、のちに『The Lele of the Kasai』として実を結んだ。

 ダグラスを一躍有名にしたのは、1966年の『Purity and Danger』だった。この本で彼女は、汚れを単なる不潔さとしてではなく、秩序を乱すものとして捉えた。よく知られた言い方をすれば、汚れとは「場違いなもの」である。たとえば、泥そのものは自然の中にあれば何の問題もない。だが、食卓の皿の上に泥が乗っていれば、人は強く嫌悪する。それは泥が物質として特別に邪悪だからではなく、そこにあるべきではない場所にあるからだ。ダグラスは、こうした感覚が宗教的禁忌にも社会のルールにも通じていると見た。秩序を作ることと、境界を守ることは、人間社会の中心にあるというわけである。

 この発想の面白さは、遠い社会の奇妙な慣習を説明するだけで終わらないところにある。たとえば現代でも、ある場にふさわしくない服装、ある集団の空気を壊す発言、分類しづらい存在に対して、人はしばしば落ち着かなさを覚える。そこでは衛生や効率の言葉が使われていても、実際には境界線を守りたい気持ちが働いていることがある。ダグラスは、社会の秩序は法律や武力だけで保たれているのではなく、「これは変だ」「これは危ない」「これはだめだ」という感覚によっても保たれていると考えた。だから彼女の議論は、宗教研究であると同時に、日常生活の深い観察にもなっている。

 1970年の『Natural Symbols』では、ダグラスはさらに一歩進み、身体や象徴や儀礼が、社会の形とどう結びつくかを考えた。この本では、個人がどれほど強い集団に属しているか、またその中で役割がどれほど細かく定められているか、という視点が重要になる。のちにグリッドとグループと呼ばれる考え方である。ここで彼女が見ようとしたのは、人びとの信念や価値観が、頭の中だけで勝手に生まれるのではなく、共同体の形によって方向づけられているという事実だった。つまり、自由に考えているつもりの人も、すでに社会の型の中で考えている。これはかなり強い主張である。

 その後のダグラスは、消費社会、食事の形式、リスク論、制度論へと研究を広げていく。とくに『How Institutions Think』では、制度は人間の外側にあるルールではなく、人間が何を自然だと思うかを形づくる力でもあると論じた。また『Risk and Culture』では、人は危険を中立的に計算しているのではなく、自分たちの文化や集団の価値観に沿って、何を怖がるかを選んでいると示した。ここまで来ると、ダグラスはもう、未開社会の研究者ではない。現代人の常識、国家の制度、専門家の判断、世論の不安まで射程に入れる理論家である。

 晩年のダグラスは、聖書、とくにレビ記の読み直しにも力を注いだ。ここでも彼女は、古い宗教の規則を時代遅れの迷信として片づけなかった。食物規定や浄不浄の区別には、ばらばらな禁令の寄せ集めではなく、世界を秩序立てるひとつの構想があると考えたのである。この見方は、宗教を合理性の敵として見る近代的な癖に対する、静かな反論でもあった。ルールは人を縛るだけではない。世界を読みやすくし、自分の位置を示し、不安に形を与える働きもある。ダグラスは、そのことを最後まで考え続けた。

 メアリ・ダグラスという人をひとことで言えば、人間は分類し、区別し、秩序を作らずには生きられないという事実を、粘り強く追い続けた思想家だったと言える。しかも彼女は、その働きを単純に肯定もしないし、簡単に笑いもしない。秩序は人を守るが、排除も生む。境界は世界を理解しやすくするが、はみ出したものを恐れさせもする。だからダグラスを読むことは、昔の宗教や部族社会を知ることではなく、いまここで生きる自分たちの頭の癖を知ることにつながる。清潔好きな社会、不安を増幅する社会、空気を読む社会、正しさで人を切り分ける社会。その全部に、彼女の問いは突き刺さっている。

 次章では、なぜダグラスが「汚れ」という、一見すると小さく見えるテーマから、人間社会の大きな仕組みに迫れたのかを見ていく。そこで明らかになるのは、汚れの問題が衛生の話ではなく、秩序の話だということである。そしてその秩序は、宗教だけでなく、現代人の日常や政治や制度にも、なお深く生き残っている。

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