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マイノング入門 哲学入門シリーズ142
第一章 マイノングってどんな人? 「ないもの」へ向かった哲学者
小説の登場人物について語るとき、私たちはその人物が勇敢だとか、臆病だとか、あるいは魅力的だとか、ごく普通に言う。まだ建っていない家の設計図を見ながら、窓が多すぎるとか、階段が急すぎるとか話すこともある。そこに実物はなくても、思考も会話もたしかに進んでいる。アレクシス・マイノングの哲学は、こうした何気ない場面を軽く流さず、思考はいったい何へ向かっているのかと問い直すところから始まる。
マイノングは一八五三年に生まれ、一九二〇年に亡くなったオーストリアの哲学者であり、同時に心理学者でもあった。ウィーンで学んだのち、長くグラーツ大学で教え、一八九四年にはオーストリアで最初の心理学実験室を開いたことで知られる。哲学者としてだけでなく、研究環境を整え、弟子たちを育てた教育者としても重要であり、のちにグラーツ学派と呼ばれる流れの中心に立った。
とはいえ、いまの読者がまず耳にするのは、やはり「存在しないもの」を考えた哲学者という紹介だろう。マイノングは対象論という考え方を掲げ、存在するものだけでなく、存在しないもの、不可能なもの、不完全なものまで、思考の対象として真面目に扱おうとした。ここだけ取り出すと、奇妙な理屈を楽しむ人物に見えるかもしれない。だが彼の狙いは、奇抜な結論を示すことではなく、思考の現場で起きていることを丁寧に記述することにあった。
その出発点には、師ブレンターノから受け継いだ志向性の発想がある。心はつねに何かに向かっている、というのがその要点である。見ることは何かを見ることであり、望むことは何かを望むことであり、恐れることは何かを恐れることである。マイノングは、この「何か」を存在するものに限ってしまうと、思考の働きの半分が見えなくなると考えた。未来の予定、架空の人物、誤解の中で思い描かれた相手、そうしたものにも心は向かっているからである。
たとえば「金の山」を思い浮かべるとき、現実にはそんな山がなくても、金でできた山というまとまりはたしかに考えられている。さらに「丸い四角」は、現実どころか可能ですらないが、それでも矛盾した対象として語ることはできる。マイノングは、この語りの事実を消してしまわずに引き受けようとした。ないものをあると言いたいのではなく、ないものについて考えているという事実を、そのまま哲学の問題にしたのである。
この点で、マイノングの哲学は日常から遠くない。まだ決まっていない旅行計画を比べたり、発売前の製品案を評価したり、裁判で仮定の場面を検討したりするとき、私たちは実在していない対象を相手にしている。しかも、その対象は完全に自由な夢想ではない。旅行案には日程や予算があり、設計図には窓や廊下の配置があり、仮定の事件には筋道がある。マイノングが見ようとしたのは、そうした対象の輪郭である。
さらに彼は、対象論だけの人ではなかった。心理学の方法を整え、感情と価値の関係を考え、仮定や可能性や確率の問題にも取り組んだ。のちには、価値をただの好き嫌いに還元せず、よいものや望ましいものもまた対象として捉えようとした。つまり彼の関心は、存在しないものを数えることではなく、心が向かう世界全体をどう地図化するかにあったと言ってよい。
文章の書き方にも、その姿勢は表れている。完成した体系を短く断言するより、例を出し、区別を立て、少しずつ見通しをよくしていく。弟子たちとの議論や心理学研究の現場を背景にしながら、対象、仮定、価値、事態といった領域を広げていったため、読む側には枝分かれが多く見えることもある。だが、その複雑さは、現実の思考の複雑さを無理に単純化しないための代償でもあった。
もちろん批判も強かった。とくにラッセルは、存在しない対象を認める立場を「マイノングのジャングル」と呼び、論理的に整理し直そうとした。この批判のおかげで、マイノングは広く知られるようになったが、同時に奇妙な哲学者という印象も背負うことになった。それでも現代の哲学では、フィクション、可能性、意図性、意味論の議論の中で、マイノングの問いが再び読まれている。思考が向かう先を、存在だけで裁断してよいのかという問いは、いまも残っているからだ。
たとえば、友人に「昨日見た映画の犯人はずるい」と言うとき、相手はその映画をまだ見ていなくても、ある程度はこちらの話を理解できる。ここでは、実在の人物ではない登場人物について、性格判断まで共有されている。マイノングが面白いのは、こうした共有を単なる言葉の綾と片づけず、思考が向かう対象の構造として捉え直した点にある。対象が現実の人でなくても、思考と会話は十分に成り立つのである。
だから彼は、対象一般を一つの平面に並べつつも、すべてを同じ仕方で認めたわけではない。現実に存在するもの、成立すると言うべきもの、存在もしないし成立もしないもの、不完全なまま扱われるものを区別し、その違いに応じて思考の向かい方も分けようとした。奇妙なものを増やすのではなく、向かい先の違いを粗くしないことが、対象論の出発点だった。
ここには、心理学者としてのマイノングの姿勢も表れている。彼は心の働きを、できるだけ与えられた経験に近いところから記述しようとし、哲学を完成済みの体系の丸暗記ではなく、問題の観察と区別の作業だと考えた。だからこそ、存在しないものをめぐる問題も、まずは思考の現実に起きている事実として受け止められる。理論は、そのあとで整えればよいという順序があった。
現在の読者がマイノングから学べるのも、この順序である。まず現象を見て、それから理論を考えること。小説、設計、仮説、誤解、価値判断のどこでも、私たちは現実そのものではない対象を相手にしている。そうした働きを無理に削らず、その多様さに応じて地図を描き直すことが、マイノングの哲学の魅力なのである。
しかも、この問題は、空想好きな人だけのものではない。亡くなった人との約束を思い返すとき、まだ到来していない試験日を恐れるとき、私たちは目の前にない対象に強く縛られている。存在しないもの、まだ来ていないもの、もう失われたものが、判断と感情の中心に入り込む。その事実を丁寧に拾うことで、マイノングの哲学は生活の深いところに触れてくる。
入門としてマイノングを読む利点も、そこにある。存在だけを基準に世界を整理する癖がいったん止まり、思考の向かう先には複数のあり方があるとわかるからである。後の章で見る仮定や価値論も、すべてこの入口からつながっている。第一章で押さえるべきなのは、マイノングが珍説の人ではなく、思考の射程を広く測り直した人だという点である。
入口として重要なのは、存在しないものの話が特殊な例外ではなく、人間の思考そのものの癖だと理解することである。未来を待ち、失われたものを悼み、架空の人物に心を動かされる以上、対象は現実の物体だけでは足りない。マイノングは、その足りなさを埋めるために対象論を開いた。
アレクシス・マイノングをひとことで言えば、思考の向かう対象の広さを真面目に受け止めた哲学者である。その発想は、師ブレンターノとの出会い、グラーツ大学での教育、心理学研究の制度づくりと結びつきながら育った。次章では、その生涯と時代背景をたどり、なぜマイノングが対象論へ進むことになったのかを、学問の現場から見ていく。
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