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ブリンクリー入門 哲学入門シリーズ148

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第一章 ブリンクリーってどんな人?

 アラン・ブリンクリーは、二十世紀アメリカ政治史を専門とした歴史家である。コロンビア大学で長く教え、のちには大学運営にも携わったが、彼の本当の持ち味は、政治の表面をなぞるのでなく、その背後で人びとが何を恐れ、何を望み、どんな言葉に心を動かされたのかを追いかけるところにあった。彼は一九四九年生まれで、二〇一九年に亡くなった。代表作には『Voices of Protest』『The End of Reform』『The Publisher』があり、研究者としてだけでなく、教科書や評論を通じて広く読まれた公共的な歴史家でもあった。

 ブリンクリーをひとことで言うなら、思想が現実の政治の中でどう姿を変えるかを見続けた人である。たとえば自由主義という言葉は、理念だけ見れば立派に聞こえるが、現実の歴史の中では、不況、選挙、戦争、世論、企業、メディアに押されながら、少しずつ意味を変えていく。彼はそこを丁寧に追った。だから彼の本では、政治家の演説も、制度の変化も、大衆の不満も、ばらばらの素材ではない。全部が、時代の中で思想がどのように働いたかを示す手がかりになる。

 彼の名を一気に広めたのは『Voices of Protest』だった。この本でブリンクリーは、大恐慌期のアメリカに現れたヒューイ・ロングやファーザー・コフリンを、単なる危険人物として切って捨てなかった。むしろ、なぜそんな人物の言葉が大衆に届いたのかを考えたのである。社会が揺らぎ、既成政治が頼りなく見え、普通の人が置き去りにされたと感じる時、人は強い言葉に耳を傾けやすくなる。彼はこの単純だが重い事実から出発し、抗議の声を時代の症状として読んだ。この本は全米図書賞の歴史部門を受賞し、彼の代表作の一つになった。

 だが、ブリンクリーを本当に特徴づけるのは、怒りや抗議だけを研究したことではない。彼は『The End of Reform』で、ニューディール期の自由主義が、なぜ当初の改革の勢いを保てなかったのかを問うた。ここで面白いのは、彼が単純な敗北物語を書かなかったことである。改革は敵に押し返されて終わるだけではない。ある場合には、成功しながら形を変え、自分で自分の急進性を失っていく。たとえば、社会全体を組み替えようとして始まった政治が、途中から資本主義の枠内で安定を守る政治へ変わることがある。ブリンクリーは、その変質の仕組みを歴史として描いた。

 この見方の鋭さは、いまの読者にもよく伝わる。ある改革が始まった時、人びとは世界が変わると思う。だが数年後に振り返ると、制度は増えたのに、社会の深い部分はそのままだった、ということがある。ブリンクリーは、まさにそうしたずれに注目した。彼にとって歴史とは、勝った負けたを数える作業ではない。人びとが何を目指し、どこで妥協し、どの時点で別の現実主義へ移ったのかを見抜く作業だった。その意味で彼は、政治史家であると同時に、理念の運命を観察する思想史家でもあった。

 さらに彼は、アメリカ史研究そのものの偏りにも目を向けた。一九九四年の有名な論文「The Problem of American Conservatism」で、ブリンクリーは、歴史家たちが自由主義や改革には強い関心を向ける一方で、保守主義を十分に研究してこなかったと論じた。これは政治的な挑発ではなく、学問の盲点を突く問いだった。現実のアメリカでは保守主義が大きな力を持っていたのに、研究の中ではそれが脇へ押しやられていたのなら、歴史理解そのものが片寄ってしまう。彼は、敵対する立場でも正面から理解しなければ、時代は読めないと考えていたのである。

 ここから見えてくるのは、ブリンクリーが単なる左派の歴史家でも、単なる中立の年代記作者でもなかったということだ。彼は自由主義に深い関心を持ちながら、その限界にも厳しかった。抗議の政治に興味を持ちながら、それを美化はしなかった。保守主義の重要性を指摘しながら、そこへ迎合したわけでもない。彼がやっていたのは、どの立場が正しいかを最初に決めることではなく、なぜその立場が時代の中で力を持つのかを調べることだった。だから彼の文章には、感情的な断罪よりも、少し距離を取って現実を見ようとする知性がある。

 しかもブリンクリーは、研究室の中だけに閉じこもる人ではなかった。コロンビア大学では名高い教師であり、一般向けのアメリカ史教科書も書き、雑誌や新聞でも発言した。つまり彼は、専門家だけに通じる言葉で満足しなかったのである。難しい問題を、難しいまま放り出さず、公共の言葉へ訳していくことも、歴史家の仕事だと考えていた。その姿勢は、彼がヘンリー・ルースのようなメディアの人物を書いたことにも表れている。政治は議会の中だけで動くのではない。雑誌、ラジオ、テレビ、物語、イメージを通じて、人びとの頭の中へ入りこんでいく。ブリンクリーは、その回路全体を見ていた。

 では、ブリンクリーは結局どんな人だったのか。哲学者ではない。だが、自由主義とは何か、改革はなぜ止まるのか、大衆の怒りはどこから来るのか、保守はなぜ見えにくいのかという問いを、歴史の材料を使って考え抜いた人だった。彼の魅力は、派手な理論を一つ掲げるところにはない。むしろ、時代の中で使われた言葉、選ばれた政策、広がった不安を結びつけ、思想が現実の中でどんな運命をたどるのかを見せるところにある。だから彼を読むと、昔のアメリカ史を学んだ気分になるだけでは終わらない。いま目の前で起きている政治まで、少し違って見えてくるのである。

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