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カール・ポランニー入門 哲学入門シリーズ163
第一章 カール・ポランニーってどんな人?
カール・ポランニーは、市場や資本主義について論じた思想家として知られているが、ただの経済批判家ではない。彼の本当のすごさは、経済だけを切り離して見るのではなく、人間の暮らし、社会の秩序、国家の仕組み、自由の意味までを、ひとつながりの問題として考えたところにある。金やモノの流れだけを見ていたのではなく、人が安心して生きられる社会とは何か、その社会はなぜ壊れるのか、そして壊れたとき人々は何にすがるのかを見つめた人だった。だからポランニーを読むと、経済学の本を読んでいる感じより、文明論や人間論を読んでいる感じに近い。
彼は一八八六年、ウィーンに生まれ、のちにブダペストで育った。つまり最初から、ひとつの国の内側だけで完結する視野ではなく、多民族帝国の空気の中で生きた人だった。こうした背景はかなり重要である。国境や民族や制度が固定されたものではなく、歴史の中で揺れ動くものだと、若いころから肌で感じやすかったからだ。しかも彼の家庭は知的な雰囲気に恵まれており、政治や学問や文化に触れやすい環境にあった。そういう土壌の中で、ポランニーは単に学問をするだけでなく、社会そのものをどう理解すべきかを考えるようになっていった。
彼の人生をたどると、最初から書斎に閉じこもる学者タイプではなかったことがわかる。若いころから公共的な問題に強い関心を持ち、政治や社会の動きの中で考える人だった。のちにウィーンで経済ジャーナリストとして活動した時期も、その姿勢をよく示している。机上の理論だけで世界を見るのではなく、現実に起きている失業、物価、金融、国家政策の変化を見ながら、人々の生活がどう揺さぶられているかを考えた。市場の動きを数字としてではなく、暮らしの痛みとして見ていたのである。たとえば賃金が下がるということは、統計表の中の一行が変わることではない。それは、家族の食卓が貧しくなり、住まいが不安定になり、将来への見通しが暗くなるということだ。ポランニーはそういう具体性を失わなかった。
この点が、彼を後の経済学者たちと分ける。経済を考える人の中には、市場がうまく回れば社会もうまくいくと考える者が少なくない。しかしポランニーは逆に、市場が自分の論理だけで社会を支配しはじめると、人間の側が耐えきれなくなると見た。人は機械ではない。土地もただのモノではない。貨幣も自然物ではなく、制度に支えられた特殊な存在である。それなのに、労働も土地も貨幣も、ふつうの商品と同じように売り買いされるべきだと考えると、社会は無理を強いられる。ここに彼の生涯の中心問題があった。
ポランニーの思想を理解するためには、彼が生きた時代の激しさを忘れてはならない。彼は、十九世紀的な自由主義の自信が崩れ、世界大戦や不況や独裁が広がっていく時代を見た。つまり、市場が広がれば自然に自由で平和な世界が来る、という楽観が壊れていく場面を目撃したのである。これは彼にとって決定的だった。なぜ、自由を約束するはずだった市場社会が、こんなにも不安や分断や暴力を生み出すのか。なぜ、人々は自由を守るどころか、強い国家や権威主義に引き寄せられてしまうのか。この問いは、のちの代表作『大転換』を貫くことになる。
『大転換』は、ポランニーを語るうえで避けて通れない本である。この本で彼は、近代社会の大きな変化を、単なる経済発展としてではなく、人間社会の土台がひっくり返る出来事として描いた。昔の社会では、経済は社会の中に埋め込まれていた。人は家族関係や共同体や慣習や政治の中で働き、交換し、生きていた。ところが近代のある段階で、社会のほうが市場に合わせて作り替えられるようになった。ここに大転換がある。たとえば、昔の村での仕事は、その人がどこの家に属し、誰とどんな関係を結び、季節のリズムにどう従うかと結びついていた。しかし市場社会では、仕事は切り売りできる「労働力」として扱われやすい。こうなると、人間そのものが商品の棚に並べられるような感覚が生まれる。
この見方は、ポランニーを単なる反資本主義の思想家にしていない。彼は市場そのものを全否定したのではない。市場は人間社会の一部としては役に立つし、交換の仕組みとして機能もする。問題は、それが社会全体の主人になったときである。経済が社会に仕えるのではなく、社会のほうが経済に仕えるようになると、暮らしの安心も、自然の持続性も、政治の安定も崩れやすくなる。ポランニーはそこを見抜いた。だから彼の本は、「市場は悪だ」と叫ぶための本ではなく、「市場をどこに置くべきか」を問う本だと言ったほうが正確である。
しかも彼は、ただ危機を告発するだけの人でもなかった。市場化が進みすぎれば、社会は必ず自分を守ろうとする、と彼は考えた。これがのちに有名になる「二重運動」という発想につながる。市場は自由化を進めようとするが、その一方で社会は保護を求める。労働者を守る法律、福祉制度、関税、規制、公共サービスなどは、その防衛の表れとして見ることができる。ここで大事なのは、ポランニーが人間を単なる利己的な計算機として見ていないことである。人は傷つけば守ろうとし、不安になれば秩序を求める。経済の問題は、そのまま心理と政治の問題にもなる。だから彼の議論は、経済の専門家だけでなく、政治や社会を考える人にも深く刺さる。
さらに面白いのは、ポランニーが近代ヨーロッパだけを見て終わらなかったことだ。のちには経済人類学の方向へ進み、市場以外の経済のあり方を考えるようになる。人間社会には、ただ売り買いだけがあるのではない。贈与、互酬、再分配、共同体の義務、家の中での配分など、さまざまな形で人は生きてきた。たとえば家族の中で夕食を配るとき、普通は市場価格をつけて売り買いしない。親が子どもに食事を出すとき、そこに競争入札はない。それでも生活は成り立つ。むしろそういう非市場的な領域があるからこそ、人は人間らしく暮らせる。ポランニーは、こうした当たり前だが忘れられがちな事実を、学問の中心に戻そうとした。
このように見ると、ポランニーは一言で分類しにくい思想家である。経済学者と呼ぶと狭すぎるし、社会思想家と呼ぶと広すぎる。歴史家でもあり、人類学的な視野も持ち、文明批評家でもあった。彼は、経済の法則を説明するより、経済が人間社会のどこに位置づくべきかを問い続けた。だから彼を読むと、数字や制度だけでは届かない場所に触れることになる。たとえば失業率が上がるというニュースを見たとき、ただ景気が悪いと理解するだけでなく、それが家庭や共同体や政治にどう響くかまで考えたくなる。ポランニーは、そういう連結の見方を教えてくれる。
では、カール・ポランニーとは結局どんな人なのか。いちばんよい言い方は、市場を通して社会全体を見た人、というものだろう。しかも彼は、市場の効率に感心するより先に、その背後で傷つく人間や崩れる秩序に目を向けた。自由を守りたかったからこそ、自由放任の危うさを疑った。社会を守りたかったからこそ、経済を社会の下に置こうとした。市場を憎んだからではなく、人間を守るために市場の位置を問い直したのである。この姿勢こそが、ポランニーをいまなお読む価値のある思想家にしている。
現代でも、働くことが不安定になり、住まいが投機の対象になり、金が一瞬で世界を駆けめぐる社会の中で、多くの人が似た不安を抱えている。仕事はあるのに安心できず、物は豊かなのに落ち着かず、自由なはずなのに追い詰められる。そうした時代に、ポランニーは古びた思想家ではない。むしろ、いま起きていることを言い当てるための語彙を与えてくれる人物である。カール・ポランニーとは、経済の話をしているようでいて、その奥で人間がどう生きるべきかを考えていた人なのである。
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