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シュールマン入門 哲学入門シリーズ171
第一章 シュールマンってどんな人?
ライナー・シュールマンという名は、哲学の入門書を何冊か読んだくらいでは、なかなか前に出てこない。ニーチェやハイデガーのように、名前だけで空気を変えるタイプでもないし、フーコーのように広く引用される流行語を大量に残した人でもない。だが、いったんその仕事の中へ入ると、この人はかなり危ない場所で考えていたのだとわかる。人は何を根拠に考え、何を根拠に行為するのか。その根拠そのものが崩れたら、なお生きたり選んだりできるのか。シュールマンは、まさにそこを掘った哲学者だった。
彼は一九四一年、アムステルダムに生まれた。ドイツ系の家庭に育ち、若いころにはフランスのソルショワールで宗教研究を学び、その後はドミニコ会の司祭として一九七一年にアメリカへ渡っている。さらにソルボンヌで哲学を学び、一九八一年には博士号を得た。のちにニューヨークのニュースクールで長く教え、二十年近くにわたって学生たちに強い印象を残した。彼は一九九三年、ニューヨークで五十二歳の生涯を閉じる。短いと言ってよい生涯だが、その密度はきわめて高い。
この経歴だけを見ると、宗教から哲学へ移った大陸系の学者、という説明で済ませたくなる。しかし、シュールマンの本当の面白さは、そこから先にある。彼は神学をきれいに捨てて哲学へ移ったのではない。むしろ、宗教的な問いの深さを抱えたまま、哲学の根っこにまで降りていった。神とは何か、存在とは何か、救いとは何か、という問いが、彼の中ではそのまま、原理とは何か、行為は何に従うのか、という問いへと変形していったのである。だから彼の文章には、冷たい分析だけでなく、どこか切迫した調子がある。
若いシュールマンにとって大きかったのは、マイスター・エックハルトである。彼は一九七八年にエックハルト研究の本を出しており、この仕事は単なる初期業績ではない。後年のシュールマンに出てくる、放下、離脱、無根拠、根拠を立てすぎない思考といった主題は、すでにここに伏線としてある。何かを支配する中心を立てるのではなく、むしろそれを手放すことで開ける経験がある。この感覚は、のちに彼が「アナーキー」という言葉を哲学的に使う時の、深い下地になっていく。
ただし、シュールマンを神秘思想の人としてだけ見ると、半分しか見えていない。彼を本格的に特徴づけるのは、ハイデガーの読者としての顔である。主著の一つ『Heidegger on Being and Acting』は、思考がもはや知の合理的基礎を保証せず、行為もまたその基礎への服従として理解できなくなったとき、何が起こるのかを問う本として紹介されている。これは言い換えれば、世界を支えるはずだった原理が効かなくなったあとで、人はどうやって考え、どうやって動くのか、という問いである。シュールマンは、ハイデガーを通して、その問いを徹底的に押し広げた。
ここで大事なのは、彼がただ「原理なんていらない」と投げやりに言ったのではない、ということだ。ふつう私たちは、正しく行為するには、まず正しい原理が必要だと考える。法律なら条文、道徳なら規範、思想なら第一原理である。家を建てるにも設計図がいるのだから、生き方にも設計図がいるだろう、という感覚は自然に見える。だがシュールマンは、歴史をよく見ると、そうした設計図はいつも支配のかたちを取り、しかも永遠にはもたないと考えた。原理は世界をまとめるが、同時に締めつけもする。そして最後には、自分の内側から壊れていく。
この見方をさらに大きくしたのが、遺稿として英訳出版された『Broken Hegemonies』である。この本では、西洋哲学の歴史全体が、支配的な理念の成立と崩壊の連鎖として描かれる。ある時代には、ある原理が当然のものとして君臨する。だが、その原理は世界を説明しきれず、やがてほころび、別の原理に席を譲る。シュールマンは、思想史を進歩の物語としてよりも、覇権的な原理が立っては壊れる劇として見た。ここに彼の大きな個性がある。哲学史を並べ替えるのではなく、哲学史の見え方そのものを変えてしまうのである。
では、そんな人柄はどんなものだったのか。資料から見える彼は、厳しく、要求水準が高く、それでいて学生に深い印象を残す教師だった。ニュースクールの記録では、彼はハンス・ヨナスやハンナ・アレントへ連なるヨーロッパ哲学の伝統を体現する存在として回想されている。つまり彼は、単に本を書く研究者ではなく、生きた講義の場で思考を鍛える人でもあった。考えることを、情報整理ではなく、生き方の訓練として扱う教師だったのだろう。そう考えると、彼の本の緊張感にも納得がいく。あの文章は、机の上だけで出来たものではない。
シュールマンの文章が難しいと言われるのは、言葉づかいが凝っているからだけではない。彼が見ている相手が、個々の思想家の意見ではなく、思想家たちを背後で動かしている時代の原理だからである。たとえば、ある哲学者が自然を重んじると言うとき、別の哲学者が意志を重んじると言うとき、私たちはふつう内容の違いに目を向ける。だがシュールマンは、その両方に共通している「世界を一つの軸でまとめたい欲望」に目を向ける。そのため、彼の議論はいつも一段深い場所へ降りていく。読んでいて足場が消える感じがあるのは、そのせいである。
しかし、その足場のなさこそが、シュールマンを今でも読む理由になる。現代では、昔のように、宗教、国家、理性、進歩といった大きな言葉が、誰にとっても当然の支えにはなりにくい。かといって、何でも好きにしてよいというわけでもない。この中途半端な時代に、どう行為し、どう引き受け、どう壊れた世界の中で立つのか。シュールマンは、その答えを安易な道徳で埋めず、原理なきままに考えるところまで私たちを連れていく。だから彼は、派手ではないが、現代にかなり刺さる哲学者なのである。
シュールマンってどんな人か、と聞かれたら、ひとまずこう答えるとよい。宗教の深みをくぐり、ハイデガーを通って、原理に支配された西洋思想の癖を暴き、それが壊れたあとの行為の可能性を考え続けた人だ、と。もっとやわらかく言うなら、地図が正しいことを疑い、しかも地図なしで歩くしかないと知っていた哲学者である。ふつうの哲学者が、よりよい地図を描こうとするところで、彼は地図そのものの支配を疑った。その意味でシュールマンは、答えを増やした人というより、問いの深さを変えてしまった人だったのである。
この第一章では、まずシュールマンを、生涯と問題意識が分かちがたく結びついた哲学者としてつかんでおきたい。彼は、何を主張したかだけでなく、なぜそんな主張にまで行かざるをえなかったのかが重要な人である。神学、神秘思想、ハイデガー、政治的存在論、壊れたヘゲモニー。これらは別々の話題ではなく、すべて「原理が壊れたあとに、なおどう生きるか」という一つの問いへ向かっている。次章からは、その問いがどこで育ち、どういう言葉を獲得していったのかを、順を追って見ていこう。
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