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シャルボノー入門 哲学入門シリーズ173

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第一章 シャルボノーってどんな人?

 ベルナール・シャルボノーという名前は、哲学史の大通りではそれほど大きく掲げられていない。ニーチェやサルトルのように、まず名前だけで読者を引っぱるタイプの思想家ではないからだ。だが、二十世紀の文明をめぐる不安、自然の消失への危機感、そして人間の自由が静かに痩せていく感覚を、ここまで早く、ここまで深く言い当てた人物はそう多くない。彼は派手な理論の建築家というより、時代の空気のなかに混じった毒を、誰よりも早く嗅ぎ取った人だった。

 シャルボノーは一九一〇年、フランスのボルドーに生まれた。彼の生きた時代は、世界大戦、技術の加速、都市化の進行、大衆社会の拡大が重なった時代である。つまり、人間が自分の手で便利さを増やしながら、その便利さに逆に囲い込まれていく時代だった。彼はこの変化を、単に近代化とか発展とかいう明るい言葉では見なかった。むしろ、人間が自分の生活の手ざわりを失い、自然との距離を失い、自由を失っていく巨大な変質として見たのである。

 ここでいう自由は、好き放題に生きることではない。シャルボノーにとって自由とは、自分の身体で世界に触れ、自分の判断で生き方を選び、その結果を引き受けることだった。だから彼は、自然を美しい景色として愛したのではない。自然のなかでこそ、人は世界に対してむき出しになり、他人に決められた役割ではない自分を感じられると考えたのである。山道を歩くとき、風の強さや足場の悪さに合わせて身体を動かすしかない。そこでは、都会のようにすべてが先回りして整えられてはいない。彼にとって、その不便さこそが、自由の感覚を支える土台だった。

 こう書くと、シャルボノーは自然好きのエッセイストか、田舎暮らしをすすめる懐古主義者のように見えるかもしれない。だが、彼の鋭さはそこにはない。彼が見ていたのは、自然が壊れていくことそのものよりも、自然を壊すような社会の仕組みが、人間そのものまで作り変えてしまうことだった。道路が増え、車が増え、観光地が整備され、巨大な都市が広がる。表面だけ見れば、移動しやすくなり、選択肢が増え、暮らしが豊かになったように見える。だがその裏で、人はどこへ行っても似た景色しか見なくなり、同じ速度で移動し、同じ欲望を持つように促される。便利さが増えるほど、人間が同じ型に流し込まれていく。この逆説を、彼は若いころから感じ取っていた。

 シャルボノーを理解するとき、重要な人物がもう一人いる。ジャック・エリュールである。二人は若いころから親しく、長い年月にわたって思想的な伴走者だった。のちにエリュールは技術社会論で広く知られるが、その問題意識の根には、シャルボノーとの対話が深く関わっている。もちろん二人は同じ思想家ではない。だが、近代社会の拡大を、単なる進歩ではなく、人間の自由を侵食する力として見た点で、二人ははっきりとつながっている。思想史では、一人だけを天才として切り出したくなることが多い。だがシャルボノーの場合、対話のなかで育った思索の流れとして見たほうが、人物像がよく見えてくる。

 彼の若いころの背景には、パーソナリズムと呼ばれる流れもあった。これは、国家や資本や集団に人間が埋め込まれてしまうのではなく、一人ひとりの人格を生の中心に置こうとする立場である。個人主義とも少し違う。個人主義は、ともすると自分の利益や選好を守る話になりやすいが、パーソナリズムでは、人は責任と関係のなかで人格として立つ存在だと考える。シャルボノーが生涯にわたり、自由を単なる権利の問題ではなく、生き方の問題として考えたのは、この土壌があったからだろう。彼にとって人間は、数字で管理される単位でも、国家の歯車でも、市場の消費者でもない。もっと重く、もっと壊れやすく、そしてかけがえのない存在だった。

 だからこそ彼は、技術そのものを悪魔化するより、技術が社会の尺度になってしまうことを恐れた。機械が発明されること自体は問題ではない。問題は、その機械に合わせて生活全体が組み替えられ、人間が後から適応を強いられることにある。たとえば自動車は、最初は移動の自由を広げる道具に見える。だが車が前提の社会になると、道路、駐車場、郊外化、通勤距離、物流、観光、買い物の形まで変わる。そして最後には、車がないと生きにくい社会ができあがる。自由を増やすための道具が、いつの間にか、それに依存しなければ暮らせない環境を作る。この転倒こそ、シャルボノーが一貫して見つめた問題だった。

 彼の文体や姿勢には、学者らしい冷たい整頓より、現場に触れている人の感覚がある。抽象語だけを積み上げるのではなく、村、道路、山、河川、都市、観光といった具体的な場所から考えるからだ。そこでは、自然保護もきれいごとでは済まない。自然を守ると言いながら、その自然を見世物にして人を呼び込み、整備し、管理し、結果として自然を別の形で壊してしまうことがある。たとえば、静かな浜辺を守ろうとして遊歩道や駐車場や案内板を増やせば、その場所は守られるどころか、管理された消費の対象になるかもしれない。シャルボノーは、このような善意の自己矛盾を見逃さなかった。

 そのため彼は、左派か右派か、進歩派か保守派かという単純な分類に収まりにくい。国家の集中化を批判する点だけ見ると保守的に見えることがある。成長と開発への疑いを見ると、急進的な環境思想家にも見える。だが実際には、そのどちらでもない。彼が守ろうとしたのは、人間が自分で呼吸し、自分で考え、自分で場所に根を張る余地である。党派はしばしば、世界を一つの図式で説明したがる。だがシャルボノーは、そうした図式そのものが、人間の経験の厚みを削ってしまうことを知っていた。だから彼の思想は、すぐに旗印にならない代わりに、何度読んでも別の場所で効いてくる。

 ここで大切なのは、シャルボノーを未来を予言した賢者として神格化しないことだ。彼は万能の答えを持つ人ではなかったし、現代社会を一気に作り替える処方箋を示したわけでもない。むしろ彼の強みは、誰もが当たり前と思っているもののなかに、見過ごしてはならないひずみを見つける力にあった。発展、効率、利便性、整備、安全、観光、成長。ふつうは肯定的に聞こえるこれらの言葉に、どんな代償が隠れているのかを問うたのである。言い換えれば彼は、近代社会の成功そのものの内部に、失敗の種が埋め込まれていることを考えた思想家だった。

 この人物をひとことで言えば、自然の思想家である前に、自由の思想家である。そして自由の思想家である前に、人間が人間でいられる条件を問い続けた思想家である。彼の魅力は、時代の流れに乗る軽やかさではなく、その流れがどこへ向かうのかを立ち止まって問う頑固さにある。大きな声で希望を売るのではなく、失われつつあるものの重さを静かに測る。シャルボノーとは、そういう人だった。彼を読むことは、環境思想の歴史を学ぶだけではない。便利さのなかで、自由がどのように薄まっていくのかを、自分の生活に引き寄せて考えることでもある。次の章では、その彼が、同時代の誰よりも早く何に気づいたのかを見ていくことになる。

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