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老荘入門 哲学入門シリーズ180
第一章 老子・荘子ってどんな人?
老子と荘子は、中国思想を語るとき、ほとんど必ず並べて名前が出てくる。しかし、この二人は、同じことを同じ調子で語った思想家ではない。後の時代に「老荘」とまとめて呼ばれるようになったため、ひとまとまりの学派のように見えやすいが、実際には、立っている場所も、言葉の使い方も、世界の切り取り方もかなり違う。だから老荘入門の第一歩では、まず二人を一度きちんと分けて見て、それからなぜ後世の人々がこの二人を並べたのかを考えるほうが理解しやすい。
老子について語ろうとすると、最初から少し不思議な話になる。孔子にはこういう人物だったらしいという比較的はっきりした輪郭があるが、老子には伝説が多い。司馬遷の『史記』にも老子伝はあるものの、そこに書かれている内容は史実として断定しにくい部分が少なくない。生まれた場所や職歴、孔子と会ったかどうか、西へ去るときに関所で『道徳経』を書き残したという逸話など、印象的な話は多いが、どこまでが歴史で、どこからが後世の物語なのかは簡単には決められない。むしろ老子という人物は、はっきりしないからこそ、思想そのものの象徴として大きくなっていった面がある。
この点は、読者にとって少し戸惑うところかもしれない。思想家を学ぶとき、多くの人はまず年表を見て、生涯の事件を追い、その事件と思想を結びつけたくなる。しかし老子は、その手順が通用しにくい。生涯の確定情報が少ないため、老子は人生のエピソードから読むより、まず残された言葉から読むほうが自然なのである。これは弱みでもあるが、同時に強みでもある。なぜなら老子の思想は、個人的経験談よりも、人間や政治や世界そのものへの圧縮された観察として読まれることで、時代を越えて力を持ってきたからである。
老子の名と結びつく『道徳経』もまた、一人の天才が一気に書いた本だと単純に考えないほうがよい。この書物は短い章句の集まりで、言い切るような文体と、逆説的な表現が目立つ。「弱いものが強いものに勝つ」「満ちたものは欠けへ向かう」「為さないことで成し遂げる」といった形で、私たちの常識を少しずつずらしていく。だから読んでいると、ひとつの体系的な教科書というより、何度も読み返すことで意味が深まる断章集のように感じられる。たとえば、水はやわらかく低いところへ流れるが、長い時間をかければ硬い岩を削る。このような例で、老子は強さの見え方そのものをひっくり返してみせる。
荘子は、老子よりも少し輪郭が見えやすい人物である。戦国時代の人で、宋の蒙の出身とされ、役人になる道もありながら、仕官を強く望まなかったと伝えられる。ただし、ここでも注意が必要で、現在『荘子』として読まれている三十三篇すべてを、荘子一人がそのまま書いたとは考えにくい。とくに思想の核として重視されるのは「内篇」と呼ばれる七篇で、そこに荘子本人に比較的近い思想があると見られることが多い。外篇や雑篇には後の発展や異なる色合いも混じっているため、『荘子』は一冊の本でありながら、小さな思想の森のようでもある。
老子の言葉が短く、切れ味鋭く、圧縮されているのに対して、荘子の言葉は長く、よく動き、よく笑い、よく跳ぶ。魚が大鳥になる話、巨大な木が役に立たないからこそ切られず生き延びる話、蝶になった夢から目覚めて、自分が蝶の夢を見た人間なのか、人間の夢を見ている蝶なのか分からなくなる話。こうした寓話や比喩が次々に現れるため、『荘子』は哲学書なのに物語集のようにも読める。だが面白い話が多いからといって、内容が軽いわけではない。むしろ荘子は、物語でなければ届かない深い問題を扱っている。正しさとは何か、自分とは何か、役に立つとはどういうことか、生きることと死ぬことをどう受け止めるのか。そうした問いを、議論だけでなく場面ごと読者に体験させるのである。
ここで大切なのは、老子と荘子がどちらも「自然」を重んじるからといって、同じ自然観を持っていたと即断しないことだ。老子は、人為が過剰になると世界は壊れると見て、余計なことをしない無為や、飾らない素朴さを重んじた。政治においても、支配者が欲望を煽り、人々を競争へ追い立てれば、かえって秩序は崩れると考えた。老子の自然は、ものごとが無理なくそうなる流れへの信頼である。
一方の荘子は、自然をもっと視点のゆらぎと結びつけて考える。人間はすぐに、これは役に立つ、これは立たない、これは正しい、これは間違いだ、と固定した区別をつくる。しかし荘子は、その区別が本当に世界そのものにあるのか、それとも人間の側が勝手に作っているのかを問い直す。たとえば、大工にとって曲がった木は使いづらいから役立たずに見える。だが、その木は材木として伐られないから長生きできる。役に立たないことが、別の場面では大きな価値になる。この見方は、ただの皮肉ではない。人間の価値判断がどれほど狭いかを示している。
では、なぜ後世の人々は、この二人を並べて「老荘」と呼んだのか。それは両者に共通して、儒家のような道徳の押し出し方や、社会の名分を絶対視する態度への距離感があるからである。人はこうあるべきだ、社会はこう統治されるべきだ、立派な人間とはこういうものだ、といった硬い型に対して、老子も荘子も疑いを向けた。ただし、その向け方は違う。老子は簡潔な逆説で常識を削り、荘子は豊かな寓話で足場を揺らす。老子は静かに引く思想家であり、荘子は軽やかに外す思想家である。この違いを知っているだけで、「老荘」という言葉の中身はかなり立体的になる。
たとえば、世の中で勝つためには目立たねばならない、強く押し出さねばならない、と多くの人が考えている場面を思い浮かべてみる。そこに老子は、水のように低いところへ身を置くこと、争わずに全体を受け止めることの強さを語るだろう。荘子なら、そもそも勝つとか負けるとかいう基準で自分を閉じ込めていないか、と問い返すかもしれない。同じ場面でも、老子は力みを抜く方向へ導き、荘子は物差しそのものをずらす方向へ導く。この差はとても大きい。
だからこの本では、老子と荘子を最初から完全に一体化して扱わない。まず老子とはどんな思想家か、荘子とはどんな思想家かを、それぞれの声の違いごとつかむ必要がある。そのうえで、なぜ二人が後世の中国思想、さらには日本を含む東アジアの文化にまで長く影響したのかを見ていく。老子は、作為を削ぎ落とし、やわらかさの力を見抜くための入口になる。荘子は、固定した見方をゆるめ、世界の変化とともに考えるための入口になる。二人を並べて学ぶ価値は、似ているからではない。違う仕方で、人間の力みをほどいてくれるからである。
第一章では、まずその出発点として、老子と荘子がどんな人なのかを、伝説と史実、著者と編纂、共通点と相違点という四つの観点から見てきた。ここがはっきりすると、次の章から出てくる「道」「無為」「自然」「斉物論」といった言葉も、ただ難しい専門語としてではなく、それぞれ誰が、どのような問題に向かって使った言葉なのかが見えやすくなる。老荘思想は、遠い古代中国の珍しい思想ではない。人が力みすぎるとき、正しさに縛られすぎるとき、役に立つことだけで自分を測ってしまうとき、今でもふいにこちらへ届いてくる思想なのである。
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