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地裁の珍判決1 SNS禁止裁判

第一章 起訴状に「SNS」と書いてあった

 その日は、胃の奥が最初から重かった。冬の雨は、落ちる先を間違えたみたいにアスファルトで弾けて、徳島地裁の正面階段を薄い膜で覆っている。私は傘を閉じて、水滴を二、三回振り払った。スーツの肩に落ちた雨粒が、冷たくて、やけに正直だ。

 国選弁護人の朝は、だいたい負けている。時間に負け、書類に負け、睡眠に負ける。勝っているのはせいぜい、裁判所の自動販売機の缶コーヒーの甘さくらいだ。私は女で、背は高くない。だからといって、この世界が手加減してくれるわけでもない。法廷の中で「先生」と呼ばれるときだけ、私は一瞬、ちゃんとした人間に見える。それ以外の時間は、書類と携帯と空腹に支配される、ただの器だ。

 今日の当番表には、私の名前が赤ペンで丸を付けられていた。国選の当番。嫌な予感は当たりやすい。こういう「予感」って、未来の確実性じゃない。ただ、過去の統計が身体に染み付いただけだ。つまり私は、何度もこういう朝を経験してきた。

 総務課の窓口で、私は書類の束を受け取った。いつも通りの顔で、いつも通りの手続き。ここまでなら、まだ現実は普通だった。問題は、いちばん上の紙だ。

 起訴状。

 私は一行目を読んで、視線を止めた。

「被告人 SNS(総称)」

 息がひゅっと引っ込んだ。口の中が乾いた。読み間違いではない。視線を下に滑らせる。罪名欄。

「若者を堕落させた罪」

 その瞬間、頭の中で誰かが笑った。私だ。笑いかけたのに、喉が固まって笑えない。笑えない笑いは、ただの咳になる。私は咳払いをして、もう一度、紙を睨んだ。

「徳島地方検察庁は、被告人SNSを、若者を堕落させた罪により起訴する」

 被告人が、SNS。

 人じゃない。法人でもない。理念でもない。概念のようでいて、生活の隅々にこびりついた「空気」のようなもの。しかも罪名が、堕落。堕落って、いつの時代の単語だ。私の頭の中に、学生時代の倫理の授業が蘇る。堕落は宗教に近い匂いがする。法律は、匂いで裁くものじゃない。

 それでも、次の行で私は現実に引き戻された。

「求刑 25歳以下の若者に対し、SNSの利用を禁ずる」

 罰が、個人ではなく、年齢で切られている。しかも行為ではなく、コミュニケーションの手段そのものが対象だ。私は紙の端を指でつまんだ。つまむ指先に力が入る。紙がよれた。紙は、よれる。制度も、よれる。よれたときに、誰の人生が折れるか。それだけが問題だ。

「先生、これ……受けますか?」

 窓口の女性職員が、私の顔色を伺っている。受けるか、受けないか。国選には断りづらい空気がある。断れる制度はあるけれど、断るときの説明と罪悪感で、結局、仕事は増える。国選一筋の安月給で、責任だけ重いのは、そういう小さな“逃げ道の塞がり方”の積み重ねだ。

 私は起訴状を胸に抱えたまま、廊下を歩いた。裁判所の廊下は、いつも消毒液の匂いがする。清潔さで罪を洗い流そうとしているみたいで、私はこの匂いが苦手だった。途中、少年事件の待合室の前を通る。壁のポスターに「SNSのトラブルに気をつけよう」と書いてある。気をつけたくても、人生の方が気をつけてくれない子たちがいる。

 私は知っている。SNSが人を壊すのは、本当だ。

 夜中に通知が鳴るたび、心臓が跳ねる。既読が付かないだけで、世界から見捨てられた気になる。炎上で名前が拡散して、学校にも家にも居場所がなくなる。誹謗中傷の文字は、紙より軽いくせに、人の胸の中では鉛のように沈む。

 でも私は、同じくらい知っている。SNSが人を救うのも、本当だ。

 現実の教室に席がなくても、画面の向こうで「おはよう」と言ってくれる誰かがいる。家庭の中で声を出せなくても、文章なら吐き出せる。身体の事情で外に出られない子が、外の世界と繋がれる。世の中に出口がないとき、出口の真似事でも、息はしやすくなる。

 だから私は、簡単に「SNSは悪だ」と言えない。

 そして同じくらい、簡単に「SNSは善だ」とも言えない。

 善悪のどちらかに寄せると、反対側にいる人間が必ず潰れる。潰れるのは、いつも、声の小さい方だ。声の小さい方は、SNSがあるから声が出せる。SNSがあるから潰れることもある。矛盾じゃない。現実だ。

 私は法廷の掲示板の前で立ち止まった。今日の期日が並ぶ。離婚、窃盗、傷害、交通事故。いつもの世界。ところが、その下に、見慣れない文字があった。

「被告人 SNS」

 掲示板は淡々としている。人の人生を紙のように貼り付ける場所だからだ。私はその文字を見て、何かが落ちる音を聞いた気がした。落ちたのは、常識だ。あるいは、私の中の「法律は最後の砦だ」という幻想かもしれない。

 そこへ、足音が近づいた。革靴の音。規則正しい。私が振り返る前に、声がした。

「お久しぶりです、先生」

 私は振り向いた。検察官バッジ。背筋の伸びた男。眼鏡の奥の視線が、冷たいというより、曇りがない。曇りがない視線は、時に刃物より怖い。

「……あなたが担当?」

「ええ。徳島検察庁の山田です」

 山田。噂は知っている。徳島検察庁四天王の一人。イタコの山田。法廷で哲学者を呼ぶ、という、半分都市伝説みたいな話まで含めて。私は笑いそうになった。笑えない笑いが、また喉で引っかかる。

「被告がSNSとは、またずいぶん大きく出ましたね」

 私が言うと、山田は穏やかに頷いた。

「大きいからです。若者が壊れている。先生も、見てきたでしょう」

 その言い方が、ずるい。事実で殴るんじゃない。「同じ景色を見てきた仲間」みたいな顔で、価値観を共有しにくる。私は、うっかり頷きそうになった。うっかり頷いた瞬間、私はもう負けている。

「壊れてる若者を見てきたからこそ、私は短絡的な結論を嫌うんです」

 私はそう返して、山田の目を見た。彼は微笑んだ。微笑みは、敵意よりも油断を誘う。

「短絡的ではありません。論理的です。証人も、思想も、揃えています。……口のない被告は、不利ですよ」

 最後の一言が、私の胸を突いた。口のない被告。不利。そうだ。SNSには口がない。SNSは法廷で反省しない。泣かない。土下座しない。弁解もしない。その沈黙は、簡単に「悪意」と解釈される。沈黙は、しばしば最悪の供述になる。

 山田は、去り際に言った。

「先生、楽しみにしています。これは、社会にとって必要な裁判ですから」

 必要。必要という言葉は、いつも誰かの自由を削る前触れだ。私は山田の背中を見送り、掲示板の「被告人 SNS」をもう一度見た。私の胸の中で、何かがざわついている。怒りと、恐れと、理解と、嫌悪が、同じ鍋で煮えているみたいだ。

 昼休みに、私は裁判所近くのコンビニに入った。自炊? そんな時間の余裕も、心の余裕もない。私は菓子パンを取って、棚の端に並んだ小さなケーキを見つけた。百八十円。私の贅沢は、このくらいがちょうどいい。ちょうどいい贅沢は、たぶん、贅沢じゃない。でも、こういう小さな甘さがないと、私は法律を信じる力が保てない。

 レジに向かいながら、私は考えていた。

 私は、誰を守るんだろう。

 若者か。社会か。自由か。あるいは、制度の顔をした“安心”か。

 国選弁護人は、世の中から見れば、犯罪者の味方だ。ときどきそう言われる。でも私は、違うと思っている。私は、手続きの味方だ。手続きを守らないと、正義はいつでも暴力に化ける。正義は便利だ。便利なものは乱用される。SNSと同じだ、と私は思ってしまった。思ってしまった瞬間、また葛藤が増えた。

 コンビニの前で、私は立ち止まった。雨はまだ降っている。スマホの画面に、通知がいくつか光った。仕事の連絡。依頼人の家族からのメッセージ。SNSからの通知も混じっている。私は画面を伏せた。今だけは、見ない。見ない自由を、私はまだ持っている。

 起訴状の文字が、頭の中で繰り返される。

「被告人 SNS」

 被告は、声を持たない。

 だから、私がしゃべる。

 それが弁護士の仕事だ。嫌いな被告であっても、世間が憎む被告であっても、言葉を与える。言葉は、無罪を生むためだけにあるんじゃない。言葉は、裁く側が自分の暴力に酔わないためにある。

 私はケーキの箱を握り直した。紙袋の中で、フォークが小さく鳴った。その音が、決意の音に聞こえたのは、たぶん私が疲れているせいだ。でも疲れているときの決意は、案外、嘘じゃない。

「SNSには口がない。私がSNSの罪を雪ぐのだ。そのための弁護士ではないか」

 私は小声で言って、苦笑した。自分で自分を鼓舞する台詞ほど、恥ずかしいものはない。でも恥ずかしさは、まだ私が人間だという証拠だ。

 雨の中、徳島地裁に戻る。私の靴は濡れて、冷たくなっていた。冷たいのに、足は前に出る。裁判は始まる。口のない被告のために、私は法廷に立つ。勝てるかどうかは分からない。むしろ、負けるかもしれない。

 それでも。

 負ける未来の確実性にすがって、最初から諦めるのは、私の仕事じゃない。

 私は扉を押し開けた。法廷の空気が、乾いている。ここで、言葉が武器になる。ここで、沈黙が罪になる。ここで、私は――SNSの代弁者になる。

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