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ANT理論ってなに? 哲学用語シリーズ51
第一章 ANT理論ってなに?
ANT理論とは、アクター・ネットワーク理論のことである。英語ではActor-Network Theoryと書く。直訳すれば、行為者とネットワークの理論になる。けれども、この名前だけでは少し分かりにくい。ANTが見ようとしているのは、人間だけでできた社会ではなく、人間、物、制度、技術、数字、言葉が結びついて動いている世界である。
たとえば、学校の授業を考えてみる。授業をしているのは先生で、授業を受けているのは生徒である。普通はそう考える。しかし実際には、黒板、机、椅子、教科書、時間割、チャイム、出席簿、テスト、成績表も授業を作っている。チャイムが鳴れば、生徒は席に着く。テストがあるから、教科書の読み方が変わる。成績表があるから、授業はただの会話ではなく、評価される時間になる。
ここで大事なのは、物が人間と同じように考えている、という意味ではない。黒板には意識がない。チャイムには意志がない。けれども、黒板やチャイムは人間の行動を変える。先生の声は黒板に書かれることで、消えにくい情報になる。時間割は、人間の一日を細かく区切る。ANTは、このように人間以外のものも、出来事に参加していると見る。
ANTでいうアクターとは、何かを変えるもののことである。人間だけがアクターなのではない。信号機も、スマートフォンも、契約書も、ランキングも、鍵も、パスワードも、アクターになりうる。赤信号は車を止める。鍵は入れる人と入れない人を分ける。パスワードは、記憶している人だけを先へ進ませる。これらはただそこにある物ではなく、人間の行動を曲げる力を持っている。
もちろん、人間の意思が消えるわけではない。ANTは、人間は何も決めていない、と言いたいのではない。むしろ、人間の意思がどんな物や制度と結びついて、初めて力を持つのかを見ようとする。社長が命令しても、社員が聞かなければ命令は消える。紙に書かれ、メールで送られ、会議で確認され、評価制度に組み込まれたとき、命令は会社の中を動き始める。
つまりANTは、原因を一つに決めない。出来事を、関係の束として見る。交通事故が起きたとき、運転手が悪い、で終わらせない。道路の形、標識の位置、車の設計、天気、スマホの通知、勤務時間、眠気、法律、保険制度まで見る。誰が悪いかをぼかすためではない。むしろ、何がどのように事故を可能にしたのかを、細かく追いかけるためである。
この考え方は、犯人探しから配線図へ視点を移すことに似ている。電気がつかないとき、電球だけを責めても仕方がない。スイッチ、配線、ブレーカー、電源、器具の接触まで見なければ、本当の原因は分からない。社会の出来事もこれに似ている。人間の心だけを見ても足りないし、社会という大きな言葉だけでも足りない。どこがどうつながっているのかを見る必要がある。
ANTが面白いのは、当たり前に見えるものをほどいてしまうところである。たとえばコンビニは、ただの店ではない。店員、客、商品、レジ、バーコード、冷蔵庫、配送トラック、発注システム、天気予報、道路、電子マネーがつながっている。おにぎりが棚に並ぶという小さな出来事の裏にも、米、工場、包装、消費期限、物流、売上データがある。そこまで見れば、店は建物ではなくネットワークになる。
ここでいうネットワークは、SNSの人脈のようなものだけではない。ANTのネットワークは、人と人のつながりだけでなく、人と物、物と制度、制度と数字、数字と行動のつながりを含む。スマートフォンでニュースを読むとき、読者、記事、画面、通知、広告、アルゴリズム、通信会社、バッテリー、指の動きが結びついている。読むという行為でさえ、一人の頭の中だけでは完結していない。
だからANTは、社会を最初から大きな箱として扱わない。社会が人を動かす、と言うのは簡単である。しかしANTは、そこで立ち止まる。では、その社会とは具体的に何なのか。法律なのか、書類なのか、建物なのか、家族の視線なのか、スマホの画面なのか、銀行口座なのか。社会という言葉でまとめられていたものを、もう一度ばらばらにして、つながり直すのである。
このとき、ANTは抽象的な理論でありながら、とても具体的な観察を求める。大きな思想を語る前に、まず現場を見る。誰がいるのか、何が置かれているのか、どんな紙が使われているのか、どんな画面が表示されているのか、どんな数字が人を動かしているのか。理論というより、観察の作法に近い。いきなり結論へ飛ばず、出来事を作っている細い糸を追う。
たとえば病院では、医者が患者を診る。これも間違いではない。しかし診察室には、カルテ、検査機器、保険証、予約システム、診療報酬、薬、待合室、看護師、検査結果がある。患者の訴えは、医者の耳に届き、カルテに書かれ、数値に変換され、薬の処方へつながる。その過程で、痛みという主観的な経験は、病名や数値や処方箋へと変わっていく。
ANTでは、この変換の過程が重要になる。何かが別の形へ移され、別の場所へ運ばれ、別の人を動かす。現場の声が報告書になり、報告書が会議資料になり、会議資料が予算になり、予算が建物や人員になる。このように、出来事は形を変えながら遠くまで届く。強いものとは、ただ大声を出すものではない。多くのものを通して、遠くまで作用できるものである。
権力についても、ANTは少し違う見方をする。王様や社長や政治家だけが権力を持っているのではない。権力は、命令を運ぶ道具や制度と一緒に働く。命令書がなければ、命令は忘れられる。記録がなければ、責任は追えなくなる。印鑑や署名やログがあるから、誰が何をしたかが残る。権力は一人の体の中にあるのではなく、つながりの中で強くなる。
この見方は、現代の生活にとても合っている。今の世界では、人間の判断だけで物事が動く場面は少ない。検索順位、レビュー数、フォロワー数、おすすめ欄、決済システム、利用規約、本人確認、AIの出力が、人間の選択に深く入り込んでいる。誰かが自由に選んでいるように見えても、その自由は画面や数字や制度に囲まれている。ANTは、その囲いを見えるようにする。
ただしANTは、何でも同じだと言う理論ではない。人間と信号機を完全に同じ存在として扱うわけではない。人間には苦しみがあり、責任があり、記憶がある。信号機にはそれがない。それでも、信号機が人間の行動を変えることは確かである。ANTは、人間の特別さをすぐに消すのではなく、人間だけを特別扱いして見落としてきたものを、もう一度視界に入れようとする。
ANT理論を一言で言えば、人間と非人間のつながりを追う考え方である。社会は、人間の意思だけでできていない。物、制度、技術、数字、言葉が人間と結びつき、出来事を作っている。だから、何かを理解したいなら、人間の心だけでも、社会という大きな言葉だけでも足りない。何が何とつながり、どこで行動が変わり、どのように安定しているのかを見なければならない。
ANTを知ると、世界は少し違って見える。机はただの机ではなく、座り方や話し方を変えるものになる。スマートフォンはただの道具ではなく、時間の使い方や注意の向きを変えるものになる。ランキングはただの数字ではなく、人の欲望や信頼を動かすものになる。社会は舞台ではなく、配線である。ANTは、その配線を一本ずつたどるための理論である。
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