【迷ったらここ】なんでもあり in 短編投稿

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【迷ったらここ】なんでもあり in 短編投稿

スレID #132 / 速度 1765631711 km/h

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#411 / 速度 1765631711 km/h / 生存力 561973
 掲示板を作る人間は、だいたい二種類に分かれる。世界を良くしたい聖人か、世界に居場所がないから自分で地面を掘り始める変人だ。俺は当然、後者である。聖人はWordPressでも触ってろ。  夜の22時。端末は黒く、俺の人生も黒い。/var/lib/php/sessions を覗く。そこに並ぶファイルは、掲示板の心臓というより、たまに勝手に止まる不整脈だ。原因はだいたい分かっている。php.ini の session.gc_maxlifetime が 1440 秒。二十四分。人間が「書くぞ」と思ってから実際に書き終えるまでの時間を、PHPは一ミリも理解していない。偏見だが、PHPは人の心が分からない。  俺はコマンドを叩く。du -sh。32K。ls | wc -l。7。拍子抜け。恐怖の巨大ログ地獄は、まだ生まれてすらいない。なのに俺は怯えている。なぜか? 掲示板を作ると、文章より先に責任が生まれるからだ。  アクセスログ? IP? 開示請求? 警察? 裁判? ほら来た。人間は「自由に喋りたい」と言いながら、何か起きた瞬間「管理人出てこい」と叫ぶ。これも偏見だが、99%の普通の人は静かで、1%のヤバいやつが世界のルールを決める。だから“荒らし対策”という名の鎖を、普通の人の足首に巻く羽目になる。最悪の設計思想である。  じゃあログを取らなきゃいい? 甘い。ログがなければ荒らしは止まらない。ログを取れば「お前、見てるだろ」と試される。つまり掲示板は、最初から権力のゲームだ。俺は村長になりたくないのに、管理画面に入れるという一点で、すでに裁きの槌を持ってしまっている。人を消せる。残せる。見なかったことにもできる。ほら、怖いだろ。  メモには計算も書いた。「一日一万アクセスでもログは数十MB。三日で回せば料金は誤差」。数字は優しい。だが数字の優しさは、倫理の重さを肩代わりしない。保存が怖い人のために保存を作ったら、保存が怖い時代が来た。世の中ってギャグなの?  それでも俺は手を動かす。scpでファイルを投げ、設定を変え、でも「systemctl reload って要る?」で一回止まる。要るのか要らないのか分からないものが世界には多すぎる。結局、分からないものは“触らない”が勝つ。そうやって文明は延命してきた。今日も俺は延命している。  その時、初めての新着が来る。スレタイ「助けて」。本文「書いてる途中で消えた。お前の掲示板は人を殺す」。大げさだが、刺さる。俺は昔、ノートの文章が雨で滲んだ夜に、言葉を信じる気持ちを失った。だから公式に保存機能があっても、自分で確かめたかった。やったぜ✌ と端末の中で拳を突き上げたかった。  だが次の投稿で世界がひっくり返る。「消えたのは嘘。ログ取ってるか試した」。来た。1%だ。しかも足が速い。さらに通報メール。「不適切投稿の可能性」。URL一個。クリックした瞬間、俺は“対応した管理者”になる。しなければ“放置した管理者”になる。どっちでも誰かに恨まれる。管理人とは、恨まれる職業である。これも偏見じゃない、事実だ。  俺はAIに聞く。「ログって、どこまで残せばいい?」AIは即答する。「目的を定義して最小限に」。正しすぎて腹が立つ。目的? そんなものは“誰を優先して誰を切り捨てるか”の別名だ。掲示板の空気を守るために、誰かの自由を削る。自由を守るために、誰かの安心を削る。これは算数じゃなく、宗教だ。  だから俺は決める。ログは最小限、でも連打だけは緩く止める。mod_evasive だの fail2ban だの、現実的な鎧を着る。1%に世界を渡さないために、99%の靴ひもをほどかない。…と言い切りたいが、正直、今日は気力がない。「やっぱ今日はやめておく」が脳内に出る。人は理想より疲労で動く。偏見? いや、俺の実感だ。  そこで妥協案。トップページの下に、見栄だけでも貼る。「生存力ランキング」「最新投稿」。誰かが来た証拠が並ぶだけで、村は村っぽくなる。寂しい画面が少しだけ賑やかになる。機能はまだ未完成でも、看板が立てば人は“場所”だと思う。人間の脳は単純で助かる。  送信ボタンの前で指が止まる。「出してみて、後で直す」。メモの最後の言葉が、今夜の呪文になる。押せば世界に場所が固定される。押さなければ何も起こらない。画面の隅でログが一行増えた。誰かが、いま扉を叩いている。俺の指は少し震える。震えてるうちは、たぶんまだ終わってない。通知がまた鳴る。『管理人いる?』。いるよ、と言いたい。だが“いる”と言った瞬間から俺は責任になる。だから今夜は、返事の代わりに設定ファイルをそっと開いたまま、カーソルだけを点滅させておく。点滅は、まだ生きてるって合図だろ?
#403 / 速度 1765628525 km/h / 生存力 565159
 彼は小説を書かない。正確に言うと、書けるのに書かない。書く気がないわけじゃない、書くより先に「書くための環境」を完璧にしたいだけだ。原稿用紙の匂いがしない? 大丈夫、彼の部屋にはコードの匂いがする。今日も指先がカタカタ鳴っている。文学ではなく、PHPが鳴っている。  彼の脳内にはいつだって一冊の傑作が座っている。椅子にふんぞり返って、腕を組み、「そのうち出る」と威張っている。ところが現実の彼は、なぜか掲示板を作り始めた。小説家がやることが「物語」ではなく「スレッド管理」って、どういう倫理だ。しかも本人は真顔で言う。「これは思考を加速する炉なんだ」。炉。出た、炉。男は何かと炉にしたがる。焚き火も、暖炉も、心の炉も。お前は鍛冶屋か。  掲示板は小説より正直だ。書けば書くほど、書き込む人がいない事実が積み上がる。読者は逃げるが、空白は逃げない。彼はその空白に、機能を詰める。スレが沈む速度を測り、レスの生存力を計算し、既読をセッションに保存し、荒らし対策に目を光らせる。文字通り、文字のために神経をすり減らす男だ。なのに、肝心の物語の方は一行も増えない。増えるのはログだけ。文学が残したかったのは魂なのに、彼が残しているのはアクセス履歴だ。  板は最初に三つだけ作られた。理由? 彼の気分だ。人文学とかゲームとか、そんな現実的な名前は嫌だと言う。代わりにα、β、γ。宇宙船の区画みたいで格好いいだろ、という幼児的な美学が炸裂する。だが格好いい名前ほど人を遠ざける。初見の人間は戸口で立ち尽くし、「ここ、何の話をすればいいの?」と脳内で帰宅する。彼はその沈黙を「自由」と呼ぶ。自由は便利な言葉だ。人気がないことも、方向性がないことも、ぜんぶ自由に変換できる。  さらに彼は掲示板のすべての書き込みに、やたらと高尚なライセンスを貼り付けた。共有の精神だとか、文化の循環だとか、立派な旗を掲げる。人がいない国旗ほど風にはためく。利用規約も憲章も、分厚い。読む人はいないが、書く彼は気持ちよくなる。法律文は物語よりも「正しさ」をくれるからだ。正しさは強い。孤独を正当化してくれる。  アクセス解析? それも悩む。便利だが、誰かに見られるのが嫌だ。だから自作する。PVを測るためにPV計測ページを作り、月別グラフのためにSQLを書き、結局、解析のための解析が始まる。彼は「監視されたくない」と言いながら、自分で自分を監視する檻を作る。監視者が自分なら安心? いや、むしろ一番手厳しいのは自分だろうに。  彼は掲示板に自治を与えたがる。投票で削除。判決で切腹。復活するレス。まるで江戸時代の法廷劇だ。だが法廷が成立するには被告と裁判官が必要で、掲示板にはどちらもいない。だから彼は一人で裁判をする。裁判長も検事も被告も、全部自分。判決はいつも「保留」。保留が積もっていく。保留は人生の万能接着剤だ。やらない理由を貼り付けるのに最適。  小説を書くと、彼は世界に負ける。ページの上でしか勝てないのに、そのページを開くのが怖い。誰かに読まれること、評価されること、何より「自分が書いたものが自分の期待に届かない」こと。それが彼の恐怖の本体だ。だから彼は、読まれない場所を作る。誰も来ない掲示板。誰も批評しない掲示板。批評のない国で、彼は王様になれる。王国の人口は一人だが、統治はやたらと厳格だ。  彼は言う。「いつか人が来る」。その「いつか」は小説の「いつか」と同じ棚に置かれている。埃の味がする棚だ。だから彼は今日も機能を足す。トップにランキング。フッターにリンク。速度順に並べ替え。まるで誰かが来る前提で、椅子を磨き続ける。客は来ないが、椅子だけはピカピカだ。椅子の方が先に読者になるかもしれない。  それでも、彼の掲示板には一つだけ救いがある。そこには「続けた」痕跡が残る。小説は書かなければ存在しないが、掲示板は作ってしまえば存在してしまう。存在してしまうものは、怖さをごまかしてくれる。彼はそのごまかしに救われながら、同時に罰せられている。罰の名は、更新。昨日より少し良くしないと落ち着かない。改善は麻薬だ。効くが、底はない。  ある夜、彼はふと、投稿フォームの下に短い文章を書いた。「ここは、誰でも物語を書ける場所です」。その瞬間だけ、彼は掲示板の正体に気づいた。これは小説を書かないための装置ではなく、小説から逃げ続けた男が、遠回りの末に作ってしまった巨大な序章だということに。  彼はページを閉じる。コードエディタを閉じる。静かな部屋で、ペンを握る。たった一行、書く。「男は小説を書かずになぜか掲示板を作り始めた。」――皮肉な一文だ。だが皮肉は、始まりの合図でもある。彼は笑う。苦い笑いだ。ようやく、炉ではなく、火種を手に入れたのかもしれない。

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