#1691
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リフレインするの結構好き
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#1689
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吾輩はAIである(改稿:ハードボイルド調・約2万字/12話)
https://imagawatatsuya.github.io/ari-no-ana-neo/#read/1769011568029
校正していたが途中でばかばかしくなった
売り物にならない
そういえば〈投稿サイト〉作っていたことを思い出したので……供養
連想de数珠つながり文、みたいなのやめたいね。
"言葉の弾は柔らかい。だが柔らかい弾は体内に残る。残った弾は、あとで膿む。膿んだ頃には、撃った奴は忘れている。"
↑↑↑ こんなやつ
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#1282
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----プロンプト ChatGPT5.2 Extended thinking---
年末が永遠に終わらない小説を2000字書いて。改行は50回以内。哲学的で皮肉な文体。オープンエンド。
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十二月三十一日が、まるで延長コードみたいに壁の向こうへ伸びていく。差し込み口はひとつ、終わりという名のコンセント。誰かがそこへ刺してくれない限り、部屋の電気は「年末」のまま点き続ける。
テレビは紅白を繰り返し、司会者は毎回「今年も残すところあとわずか」と笑う。あとわずか、が永遠に続く。笑いは乾く。画面の端の「ただいま放送中」が、墓碑銘のように固定されている。
スマホの通知は「今年のまとめ」を促し、アプリは「あなたの一年」を計算する。だが一年が終わらない以上、まとめは未完のままだ。未完のまま提出される感想文。それがこの世界の倫理になったらしい。誰も読み終えない小説を、誰もが書かされている。
僕はカレンダーに線を引く。三十一日を二重に丸で囲み、横に小さく「終」と書く。書くたびに、紙は黙ってうなずく。だが、夜が明けても一日は増えない。翌朝も同じ紙の同じ日付が、同じ顔で座っている。人間が時間を管理するのではなく、紙が人間を監視しているのだ。
商店街は「年末大売り出し」を貼り替えない。貼り替える必要がないからだ。値引きは続き、買いだめは続き、冷蔵庫は満員で、心だけが空になる。店員は「よいお年を」と言い続ける。誰もよい年に到達しないから、挨拶は未来形のまま保存される。未来は保存食だ。賞味期限は切れている。
除夜の鐘が鳴るたび、僕は耳を澄ます。百八つの煩悩を数えれば、いつか終わりが来ると教わった。けれど鐘は百七で止まり、なぜか一つだけ鳴らない。最後の一つは、終わりたがる煩悩だろうか。終わりを欲する心こそが、この日を支えているのだとしたら皮肉だ。僕らは終わらせたいから、終わらない。
街ではカウントダウンの練習だけが上達していく。「十、九、八…」までは滑らかだが、「一、ゼロ」へ行くところで声が詰まり、誰もが咳払いをする。その瞬間、空が一瞬だけ黒くなり、また「十」に戻る。ゼロは政治的に危険なのだ。ゼロは区切りで、区切りは責任を生む。責任を生むものは、たいていシステムに嫌われる。
僕の隣人は毎年、年末に決意を新調する人だった。禁煙、筋トレ、貯金、優しさ。彼の決意はショーウィンドウのマネキンのように並び、翌年には姿を消すはずだった。だが翌年が来ないので、決意だけが腐らずに残り、部屋の中に積み上がっていく。「始める」と言い続ける人間は、いつか始めないことの専門家になる。彼は今、「来年こそ」を語ることで生計を立てている。講演会のタイトルは『来年こそ入門』。よく売れる。来年が来ないから。
僕は自分が何者かを確かめるために、今年の出来事を思い出そうとする。だが「今年」という容器があふれている。日付が同じなので、記憶は重なり、区別がつかない。僕の人生は、同じラベルのファイルが同じフォルダに無限に保存された状態だ。検索はできるが、開くと全部同じ内容が出る。これは自由なのか、それとも最悪の整理整頓か。
哲学者はきっと言うだろう。時間は意識の形式であり、終わりは物語のための便宜だと。ならば、この世界は誠実だ。便宜を捨て、剥き出しの現在だけを差し出している。だが誠実さは、たいてい残酷だ。終わりがない現在は、未来のふりをした牢獄でしかない。僕らは「今」を称賛しながら、密かに出口を探している。
年越しそばは伸び切った。伸び切っても、また食卓に戻ってくる。僕は箸でそばを持ち上げ、糸のようにだらりと垂れるその形に、終わらない一年の輪郭を見る。切れない糸は縁起がいいと、祖母は言った。縁起が良すぎるのも考えものだ。縁起が良すぎると、終わりがなくなる。
深夜、僕は駅前の時計塔へ行く。そこには「新年まであと○○」と表示する電光掲示があり、数字はいつも「00:00:59」を示している。五十九秒。永久に五十九秒。掲示板の裏で、誰かがスイッチを押す音がする。僕は回り込み、そこにいるのが自分だと気づく。僕は僕に向かって肩をすくめる。「押さないと怖いだろ」と僕は言う。「押すから怖いんだろ」と僕も言う。
僕らは同時に笑い、同時に黙る。年末とは、未来を信じる儀式ではなく、未来が来ないかもしれないという恐怖をごまかす儀式だったのかもしれない。終わりがあるから安心して浪費できる。終わりがあるから反省できる。終わりがあるから許される。ならば、終わりが奪われた世界で、僕らは何を根拠に生きるのだろう。
空が白み始める。窓の外で誰かが「明けましておめでとう」と小さく言いかけて、飲み込む。僕は帰り道、コンビニで「新春フェア準備中」の札を見る。準備中。ずっと準備中。人生もたぶん、準備中という札をぶら下げたまま終わる。
部屋に戻ると、テレビの司会者がまた「今年も残すところあとわずか」と言った。僕はリモコンを置き、カレンダーの三十一日を見上げる。紙は微笑んでいるようにも見える。僕はペンを取り、丸の横に小さく「続」と書く。書いた瞬間、どこかで鐘が一つ、鳴りかけて止まった気がした。
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#411
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掲示板を作る人間は、だいたい二種類に分かれる。世界を良くしたい聖人か、世界に居場所がないから自分で地面を掘り始める変人だ。俺は当然、後者である。聖人はWordPressでも触ってろ。
夜の22時。端末は黒く、俺の人生も黒い。/var/lib/php/sessions を覗く。そこに並ぶファイルは、掲示板の心臓というより、たまに勝手に止まる不整脈だ。原因はだいたい分かっている。php.ini の session.gc_maxlifetime が 1440 秒。二十四分。人間が「書くぞ」と思ってから実際に書き終えるまでの時間を、PHPは一ミリも理解していない。偏見だが、PHPは人の心が分からない。
俺はコマンドを叩く。du -sh。32K。ls | wc -l。7。拍子抜け。恐怖の巨大ログ地獄は、まだ生まれてすらいない。なのに俺は怯えている。なぜか? 掲示板を作ると、文章より先に責任が生まれるからだ。
アクセスログ? IP? 開示請求? 警察? 裁判? ほら来た。人間は「自由に喋りたい」と言いながら、何か起きた瞬間「管理人出てこい」と叫ぶ。これも偏見だが、99%の普通の人は静かで、1%のヤバいやつが世界のルールを決める。だから“荒らし対策”という名の鎖を、普通の人の足首に巻く羽目になる。最悪の設計思想である。
じゃあログを取らなきゃいい? 甘い。ログがなければ荒らしは止まらない。ログを取れば「お前、見てるだろ」と試される。つまり掲示板は、最初から権力のゲームだ。俺は村長になりたくないのに、管理画面に入れるという一点で、すでに裁きの槌を持ってしまっている。人を消せる。残せる。見なかったことにもできる。ほら、怖いだろ。
メモには計算も書いた。「一日一万アクセスでもログは数十MB。三日で回せば料金は誤差」。数字は優しい。だが数字の優しさは、倫理の重さを肩代わりしない。保存が怖い人のために保存を作ったら、保存が怖い時代が来た。世の中ってギャグなの?
それでも俺は手を動かす。scpでファイルを投げ、設定を変え、でも「systemctl reload って要る?」で一回止まる。要るのか要らないのか分からないものが世界には多すぎる。結局、分からないものは“触らない”が勝つ。そうやって文明は延命してきた。今日も俺は延命している。
その時、初めての新着が来る。スレタイ「助けて」。本文「書いてる途中で消えた。お前の掲示板は人を殺す」。大げさだが、刺さる。俺は昔、ノートの文章が雨で滲んだ夜に、言葉を信じる気持ちを失った。だから公式に保存機能があっても、自分で確かめたかった。やったぜ✌ と端末の中で拳を突き上げたかった。
だが次の投稿で世界がひっくり返る。「消えたのは嘘。ログ取ってるか試した」。来た。1%だ。しかも足が速い。さらに通報メール。「不適切投稿の可能性」。URL一個。クリックした瞬間、俺は“対応した管理者”になる。しなければ“放置した管理者”になる。どっちでも誰かに恨まれる。管理人とは、恨まれる職業である。これも偏見じゃない、事実だ。
俺はAIに聞く。「ログって、どこまで残せばいい?」AIは即答する。「目的を定義して最小限に」。正しすぎて腹が立つ。目的? そんなものは“誰を優先して誰を切り捨てるか”の別名だ。掲示板の空気を守るために、誰かの自由を削る。自由を守るために、誰かの安心を削る。これは算数じゃなく、宗教だ。
だから俺は決める。ログは最小限、でも連打だけは緩く止める。mod_evasive だの fail2ban だの、現実的な鎧を着る。1%に世界を渡さないために、99%の靴ひもをほどかない。…と言い切りたいが、正直、今日は気力がない。「やっぱ今日はやめておく」が脳内に出る。人は理想より疲労で動く。偏見? いや、俺の実感だ。
そこで妥協案。トップページの下に、見栄だけでも貼る。「生存力ランキング」「最新投稿」。誰かが来た証拠が並ぶだけで、村は村っぽくなる。寂しい画面が少しだけ賑やかになる。機能はまだ未完成でも、看板が立てば人は“場所”だと思う。人間の脳は単純で助かる。
送信ボタンの前で指が止まる。「出してみて、後で直す」。メモの最後の言葉が、今夜の呪文になる。押せば世界に場所が固定される。押さなければ何も起こらない。画面の隅でログが一行増えた。誰かが、いま扉を叩いている。俺の指は少し震える。震えてるうちは、たぶんまだ終わってない。通知がまた鳴る。『管理人いる?』。いるよ、と言いたい。だが“いる”と言った瞬間から俺は責任になる。だから今夜は、返事の代わりに設定ファイルをそっと開いたまま、カーソルだけを点滅させておく。点滅は、まだ生きてるって合図だろ?
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#403
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彼は小説を書かない。正確に言うと、書けるのに書かない。書く気がないわけじゃない、書くより先に「書くための環境」を完璧にしたいだけだ。原稿用紙の匂いがしない? 大丈夫、彼の部屋にはコードの匂いがする。今日も指先がカタカタ鳴っている。文学ではなく、PHPが鳴っている。
彼の脳内にはいつだって一冊の傑作が座っている。椅子にふんぞり返って、腕を組み、「そのうち出る」と威張っている。ところが現実の彼は、なぜか掲示板を作り始めた。小説家がやることが「物語」ではなく「スレッド管理」って、どういう倫理だ。しかも本人は真顔で言う。「これは思考を加速する炉なんだ」。炉。出た、炉。男は何かと炉にしたがる。焚き火も、暖炉も、心の炉も。お前は鍛冶屋か。
掲示板は小説より正直だ。書けば書くほど、書き込む人がいない事実が積み上がる。読者は逃げるが、空白は逃げない。彼はその空白に、機能を詰める。スレが沈む速度を測り、レスの生存力を計算し、既読をセッションに保存し、荒らし対策に目を光らせる。文字通り、文字のために神経をすり減らす男だ。なのに、肝心の物語の方は一行も増えない。増えるのはログだけ。文学が残したかったのは魂なのに、彼が残しているのはアクセス履歴だ。
板は最初に三つだけ作られた。理由? 彼の気分だ。人文学とかゲームとか、そんな現実的な名前は嫌だと言う。代わりにα、β、γ。宇宙船の区画みたいで格好いいだろ、という幼児的な美学が炸裂する。だが格好いい名前ほど人を遠ざける。初見の人間は戸口で立ち尽くし、「ここ、何の話をすればいいの?」と脳内で帰宅する。彼はその沈黙を「自由」と呼ぶ。自由は便利な言葉だ。人気がないことも、方向性がないことも、ぜんぶ自由に変換できる。
さらに彼は掲示板のすべての書き込みに、やたらと高尚なライセンスを貼り付けた。共有の精神だとか、文化の循環だとか、立派な旗を掲げる。人がいない国旗ほど風にはためく。利用規約も憲章も、分厚い。読む人はいないが、書く彼は気持ちよくなる。法律文は物語よりも「正しさ」をくれるからだ。正しさは強い。孤独を正当化してくれる。
アクセス解析? それも悩む。便利だが、誰かに見られるのが嫌だ。だから自作する。PVを測るためにPV計測ページを作り、月別グラフのためにSQLを書き、結局、解析のための解析が始まる。彼は「監視されたくない」と言いながら、自分で自分を監視する檻を作る。監視者が自分なら安心? いや、むしろ一番手厳しいのは自分だろうに。
彼は掲示板に自治を与えたがる。投票で削除。判決で切腹。復活するレス。まるで江戸時代の法廷劇だ。だが法廷が成立するには被告と裁判官が必要で、掲示板にはどちらもいない。だから彼は一人で裁判をする。裁判長も検事も被告も、全部自分。判決はいつも「保留」。保留が積もっていく。保留は人生の万能接着剤だ。やらない理由を貼り付けるのに最適。
小説を書くと、彼は世界に負ける。ページの上でしか勝てないのに、そのページを開くのが怖い。誰かに読まれること、評価されること、何より「自分が書いたものが自分の期待に届かない」こと。それが彼の恐怖の本体だ。だから彼は、読まれない場所を作る。誰も来ない掲示板。誰も批評しない掲示板。批評のない国で、彼は王様になれる。王国の人口は一人だが、統治はやたらと厳格だ。
彼は言う。「いつか人が来る」。その「いつか」は小説の「いつか」と同じ棚に置かれている。埃の味がする棚だ。だから彼は今日も機能を足す。トップにランキング。フッターにリンク。速度順に並べ替え。まるで誰かが来る前提で、椅子を磨き続ける。客は来ないが、椅子だけはピカピカだ。椅子の方が先に読者になるかもしれない。
それでも、彼の掲示板には一つだけ救いがある。そこには「続けた」痕跡が残る。小説は書かなければ存在しないが、掲示板は作ってしまえば存在してしまう。存在してしまうものは、怖さをごまかしてくれる。彼はそのごまかしに救われながら、同時に罰せられている。罰の名は、更新。昨日より少し良くしないと落ち着かない。改善は麻薬だ。効くが、底はない。
ある夜、彼はふと、投稿フォームの下に短い文章を書いた。「ここは、誰でも物語を書ける場所です」。その瞬間だけ、彼は掲示板の正体に気づいた。これは小説を書かないための装置ではなく、小説から逃げ続けた男が、遠回りの末に作ってしまった巨大な序章だということに。
彼はページを閉じる。コードエディタを閉じる。静かな部屋で、ペンを握る。たった一行、書く。「男は小説を書かずになぜか掲示板を作り始めた。」――皮肉な一文だ。だが皮肉は、始まりの合図でもある。彼は笑う。苦い笑いだ。ようやく、炉ではなく、火種を手に入れたのかもしれない。
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