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ハーバート・サイモン入門 哲学入門シリーズ204

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第一章 ハーバート・サイモンってどんな人?

 昼ごはんを選ぶだけで、なぜ疲れるのか。店はたくさんある。値段も違う。味も違う。混み具合も、帰り道の近さも、今日の気分も違う。理屈だけで言えば、すべての店を調べ、すべてのメニューを比べ、もっとも満足度の高い一皿を選べばいい。けれど、そんなことを本気でやっていたら、昼休みは終わってしまう。

 だから人は、そこそこよさそうな店を見つけると、そこで決める。昨日食べたものは避ける。雨の日なら近い店にする。財布が軽ければ安い店にする。何となくではあるが、完全にでたらめでもない。人間の判断には、この「ちゃんと考えているのに、全部は考えられない」という感覚がある。ハーバート・サイモンは、このありふれた感覚を、二十世紀の大きな学問の問題にした人である。

 サイモンは、経済学者、行政学者、組織論の研究者、心理学者、人工知能研究者、設計論の思想家として紹介される。肩書きだけを見ると、あまりにも広すぎて、かえって輪郭がぼやける。だが、中心にあった問いは一つだった。人間や組織は、情報も時間も能力も足りない中で、どうやって決めているのか。もっと短く言えば、限界を持つものは、どうやって賢くふるまうのか、という問いである。

 この問いは、日常のあちこちにある。部屋を探すとき、すべての物件を見てから決める人はほとんどいない。いくつか見て、家賃、駅からの距離、日当たり、古さ、周囲の音を比べる。完璧な部屋はない。けれど、ここなら暮らせると思えたところで決める。仕事を選ぶときも、服を買うときも、病院を選ぶときも、同じことが起こる。人は神の視点から最善を選んでいるのではない。手元の情報と、残り時間と、頭の中で扱える範囲の中で、どうにか選んでいる。

 サイモンが有名にした「限定合理性」という言葉は、まさにこの感覚を指している。人間は非合理だ、と言いたいのではない。むしろ、人間は合理的であろうとする。だが、その合理性は、無限ではない。見える範囲があり、調べられる範囲があり、覚えていられる範囲があり、計算できる範囲がある。合理性は、空いっぱいに広がるものではなく、懐中電灯の光が届く範囲で働くものなのである。

 ここが、サイモンの面白いところである。彼は、人間の弱さをただ嘆いたのではない。人間が限られているなら、その限られた条件の中で、どんな手続きならうまくいくのかを考えた。たとえば、全部を比べられないなら、どの順番で探すのか。探し続けると疲れるなら、どこで止めるのか。問題が大きすぎるなら、どう小さく分けるのか。個人の頭で抱えきれないなら、組織はどう補助できるのか。サイモンの学問は、限界を前提にした知性の研究だった。

 たとえば、売れない本の原因を考える場面を想像してみる。表紙が悪いのか、タイトルが悪いのか、説明文が弱いのか、広告のキーワードがずれているのか、そもそも読者の欲望と合っていないのか。原因は無数にありそうに見える。全部を同時に考えようとすると、頭の中が白くなる。そこで人は、まず表紙を変える、次に説明文を変える、広告文を一つ試す、というように問題を切り分ける。これは単なる作業ではない。大きすぎる現実を、扱える大きさの問題へ変換しているのである。

 サイモンは、こうした変換に深い関心を持った。現実そのものは複雑である。けれど人間は、その複雑さをそのまま飲み込むことはできない。だから、目標を決め、現在地を見て、その差を縮める手段を探す。これが問題解決である。迷路を解くとき、すべての道を機械的に試すのではなく、こちらのほうが出口に近そうだと見当をつける。チェスを指すとき、すべての手を最後まで読むのではなく、有望そうな手を先に読む。賢さとは、ただ計算量が多いことではない。探すべき場所を絞る力でもある。

 この発想は、組織を見る目にもつながる。会社や役所は、単に命令を下すためのピラミッドではない。大きすぎる問題を分け、情報を集め、判断を分担し、誰が何を見るかを決める仕組みである。一人では処理できない現実を、複数の人間と手続きで処理する。サイモンにとって組織とは、人間の認知の限界を補う外部装置だった。人間が完全なら、組織論はそれほど重要ではない。人間が限られているからこそ、組織の形が問題になる。

 さらにサイモンは、この問いを人工知能にも広げた。知能とは、神秘的なひらめきなのか。それとも、記号を操作し、目標へ近づく手続きを組み立てることなのか。サイモンはアレン・ニューウェルらとともに、思考を機械で再現する研究に取り組んだ。これは、ただ便利な機械を作りたいという話ではなかった。人間が問題を解くとはどういうことかを、プログラムとして外に取り出してみる試みでもあった。

 このため、サイモンは一つの学問分野に収まりにくい。行政の研究から出発し、組織の意思決定を考え、経済学の人間像を修正し、心理学の問題解決研究へ進み、人工知能と認知科学へ橋をかけ、最後には人工物と設計の科学へ向かった。これは気まぐれな転向ではない。いつも同じ問いを見ていたのである。限られた存在が、複雑な世界の中で、どうやって次の一手を決めるのか。その問いが、場所を変えながら姿を変えていった。

 サイモンは、ノーベル経済学賞とチューリング賞の両方を受けた、かなり珍しい研究者である。だが、その肩書きの豪華さより大切なのは、彼の概念が日常の判断にまで届くことだ。店を選ぶ。仕事を選ぶ。本の題名を決める。広告を出す。会議で方針を決める。どの場面でも、人は完全な最適解など持っていない。それでも、何らかの基準を置き、候補を探し、途中で止まり、次の行動を選ぶ。サイモンは、その普通の営みに名前を与えた。

 サイモンを読む意味は、天才の業績を遠くから眺めることではない。自分の判断の中で、何が起こっているのかを見えるようにすることにある。迷っているとき、人は怠けているとは限らない。問題空間が広すぎるのかもしれない。決められないとき、意志が弱いとは限らない。停止規則がないのかもしれない。組織が混乱しているとき、人間関係だけが原因とは限らない。情報の流れと決定の分担が壊れているのかもしれない。

 ハーバート・サイモンとは、そういう見方を教えてくれる人である。人間は全知ではない。組織も万能ではない。機械も魔法ではない。けれど、限界を知り、探索の仕方を変え、問題の切り方を変えれば、世界への向き合い方は変わる。サイモンの思想は、完璧な答えを約束しない。そのかわり、答えに近づくための手続きを、もう一度考えさせる。そこに、彼の入門書を読む価値がある。

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